心の万華鏡  

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2011年 09月 22日

お二人さま 

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また、また 孫達がやってきます008.gif006.gif001.gif

来週まで ブログはお休みします

ご無沙汰している皆さん ごめんなさい また 遊んで下さいね
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by hanarenge | 2011-09-22 13:55 | 心模様
2011年 09月 05日

台風の爪痕

動画はこちらへ

動画はこちらへ

台風12号被害

朝 空からの映像を見て唖然としました
ここまでの被害だとは・・・・・・

那智勝浦では 町長さんの娘さんが結納の日に家ごと流されてご遺体で見つかったとか また奥様も流されて まだ見つかっていないとか・・・・・

大勢の方が亡くなり また まだ行方も解っていません

勝浦には親戚もいますので 何とも言いようのない気持ちになります。
親戚の方は幸い無事でした

無茶苦茶な振方だったようです 一時間に180mと言う数字もあります

勝浦は美しい山と海に囲まれ 温かな人情のある それは素敵な町です

また 奈良の山は深く険しいですが その深い山を一本の道が走り快適なドライブを楽しめます

空中のループのある道 大きなダム湖が静まる道 深い山は濃い緑のヒノキや杉に覆われています

そんな山々が崩れ川は泥水が流木を押し流し家を流し 人々を連れて行ってしまいました

辛いです  ショックです 今はこの地の無事を祈るくらいしか出来ません

9/6 0:35 追記 母が言う事
昔からよく母が口癖のように言っていました
山は アサキ(雑木林 ぞうきばやし)が無いと駄目だ 杉やヒノキだけでは 山がどれる(崩落)と
元々の山に 際限も無しにコンクリートで道を付けちゃいかん 地下水の流れも変わるし 山が水を吸わんようになると

紀の国の奥の深い山 奈良 吉野の鬱蒼とした深い山 そこに快適な道が何本も着いてとても便利になったけれど 
そして 雑木林と言われて どんどん 杉やヒノキに植え替えられた山々

雑木林この中にどうして雑木林(ざつぼくりん)と言われるか当時の林野庁の方針が載っています

日本中でそんな所がどんどん出来て 昔のブナの森やクヌギの林は数えるくらい 
貴重な資源として観光化してしまった現在

私は 山間部の生活がどれだけ不便かよく知っている 車道があればどれだけ生活が便利に 楽になるか知っている 
杉 ヒノキを 将来の為に額に汗して苗を買って植えた父と母を見ている
日本中の山林にそんな人が多くいた事を知っている 生活が良く生ると信じて植林したのを知っている

その内に政策が変わって 材木も輸入一辺倒になってしまったのさ


この大きな被害は そんな事をしたからだと偉そうに言うつもりは毛頭ありません

そんなことは 私には 言えません

でも 母が言う事は 多分間違ってはいないと私は思うのです
 
だからどうだと言う事はありません 何だか本当に遠くに来てしまったと 迷子になったような気分です
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by hanarenge | 2011-09-05 14:17 | 心模様
2011年 07月 15日

暑中のお見舞いを申し上げます

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暑中お見舞いを申し上げます いかがお過ごしでいらっしゃいますか 今年の夏は節電も有ってか特に暑いように感じます 皆様お身体をお大切に 暑さに負けないで 暑さを楽しんで下さい

私の家も ホカホカです
壊れている居間のエアコンを やっと19日に新しく付け替えます
申し込んで 2週間くらいかかりました

暑いので パソコンに向かっても 長時間はとても無理で 皆様の所へもご無沙汰ばかりのこの頃です
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by hanarenge | 2011-07-15 12:13 | 心模様
2011年 05月 29日

世界が驚く日本の暫定基準値::::らしい

世界が驚く日本の(暫定)基準値2000ベクレル

異常過ぎる日本の暫定基準値としてここのニュースが載っている


私は良いとして 日本の 若者の 子供達の未来を思うと::::::

こんなことばっかり 書いていなければならないなんて!!

毎日毎日が楽園のようであった訳ではない 毎日毎日を笑って過ごした訳ではない

心配はいくらでもあった  気分の晴れない日はいくらでもあった

だけど こんな憂鬱なことはなかったよ 

毎日天気予報でも見るように放射能を気にして 食物の汚染も毎日読むようになるのだろう

これはボディブロウのように効いてきますよ 応えますよ 

書くのをやめても どうせ情報を追ってしまうのだ だからここに書いて残してやる


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               東北関東大震災 緊急支援クリック募金
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by hanarenge | 2011-05-29 00:11 | 原発関係
2011年 05月 19日

髑髏マークをつけたいよ

d0027244_134730.gif福島第一原発3号機 燃料に水が届いておらず・・・・ページが更新されて記事自体が読めなくなっていますから
リンクを新しくします福島第一原発三号機に水が届いていない

同じニュースソースの別ページのリンクです


心が重いのは 原発の事があるからだ

毎日 毎日 放射能を吐き続ける崩壊した原発 

汚染は 海も山も水も空気も 待った無しで進行中

毎日が灰色に感じるのは 原発事故が有るからだ

代替えエネルギーを 国策とする事を真剣に考えていかなくてはいけないよ

国の未来を考えて 今から真剣に模索して行かなくてはいけないよ 

            (手遅れでなければいいんだけれど)

 
小出裕章氏と大橋弘忠氏(原発推進派)との対話

水蒸気爆発訂正です 水素爆発はおきましたし 格納容器も破損しましたよ 怒

小出裕章氏と原発推進派との 直接対話 1 映像はは2011年12月現在削除されましたので 新しく貼ります 内容は同じです

直接対話 2

直接対話 3

直接対話 4

直接対話 5

直接対話 6

直接対話 7




格納容器破損は一億年に一回と言うような評価がなされている 
大隕石が落ちてきたらどうなるか 起きもしない確率
専門家になればなる程 格納容器が破損するなんて思えない と仰る
以下 大橋先生の発言まとめです 





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by hanarenge | 2011-05-19 01:36 | 原発関係
2011年 04月 21日

本当は恐ろしい原子力

奥の院から 清水の舞台を眺める人
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どちらから見えた方だろうか 無心に舞台を眺めておられた

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その方が眺めておられた舞台です
青空が美しいでしょう?下の写真と比べると大屋根にさす日の位置が違います

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赤と桜 中々いい感じと 思いません?

カメラからPCに写真を移して スライドショウで流してみました
バックに流れた音楽はアメイジング・グレイスでした 
この一ヶ月に失われた多くの命を思い また 今を生きていく命を思い涙があふれました

授かった命に思いを致す時 福島のあの海と山に放射能を吐き続ける無惨な原子炉が浮かびました

今更 謝られても 汚れたものは元には戻りません

今更 危険だと言われて 立ち入り禁止にされた土地は 誰が作って来たのか知っていますか

土地を耕し 物を作る事は 長い時間がかかるのです

海も山も 当たり前のようにそこに有りました
そこを 作って 生活の場としたのは 政府でも東電でもありません

長い時間をかけて作られた土は あれよあれよと言う間に使えなくなりました

誤摩化して来たものは すっかり色あせて 偽物だと知れました

今から 私たちは放射能と向き合って暮らすのです それは恐ろしい事です

無神経で傲慢で専門知識ばかり振り回す人々は この事態を想像すらしなかったと言うのですか

言い訳や弁解は聞き飽きました 

まともな事を誰一人言えないし やれないでは有りませんか

忘れないで下さい こんな恐ろしい物が日本中に有ると言う事を 決して忘れないで下さい

そして それを押し進めようとする力はとても大きく強いと言う事を

人は弱く 哀しい者です

自分に降り掛からないと 誰でも 何処かよそよそしい思いになります

だけど どこで こんな事が起きても 結果は一緒です 

今の福島は 明日は 私の あなたの 町や村になるかも知れない事を忘れないで下さい
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by hanarenge | 2011-04-21 14:57 | 原発関係
2011年 04月 08日

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あの日 大きな変動が海の底で起きました 私たちには知る縁(よすが)など有りませんでした

大地が揺れ やがて 海の向こうから それは ひたひたとやって来たのです

美しく晴れた空の下で 海はそれを送り出したのです

波は一直線に並んで 海の上をひた走ってきました

陸に近くなると 大きく大きく立ち上がり もの凄い力で 殴りかかってきたのです

波にまかれ 海へと連れ去られた多くの人たちには ちゃんと名前が有って ちゃんと自分の人生を生きていました

ゆくえふめいと呼ばれるけれど 一人一人 美しい村や町に生きていました

海は今日も穏やかに歌っています
だけどねえ 海よ おまえが奪った人たちを返しておくれ もどしておくれ

みんな みんな 愛され 頼りにされ 可愛がられ 素敵な人だったんだよ

この 大きな大きな 果てしない 喪失を 何に変えていけばいいんだろう
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by hanarenge | 2011-04-08 20:19 | 桜花
2011年 04月 06日

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この世には たしかな事は なんにもないんだよ

あしたが どうなるか だれにも わからないんだよ

あしたのことを 知っているふりをしているだけなんだよ

あしたを 未来を 思いとおりにしようなんて 思いあがりだよ

今日を 精一杯に生きて行くんだ そして明日へ希望を繋ぐんだよ


今年の桜が咲きました   青い空の下で桜が咲きました
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by hanarenge | 2011-04-06 16:10 | 桜花
2011年 04月 02日

足の痛みと心の痛み(あるルポを読んで)

四月一日 孫ちゃん達に会いに行った帰り 足を挫いてしまった

右足はくにゃりと曲がったまま 力が入らないので しばらくうめきながら座っていて
右足を引きずりながら 帰って来た

初めて経験するひどい捻挫で 足関節の外側は腫れあがって内出血もしている
松葉杖をついてやっと歩ける程度 階段の多い我が家でうめきながら暮らしています

何もしないので 時間は有り余っています

鎌田慧(さとし)の六ヶ所村の記録を 読み始めた Wikipedia 鎌田慧

「内容(「BOOK」データベースより)
下北半島六ヶ所村は冷害・兇作相次ぐ不毛の土地だった。戦後入植した開拓農民が耕し広げたその農地に次々と「開発」が訪れる。砂鉄製鉄所、精糖工場、石油コンビナート、夢の工業地帯計画はすべて中央大企業の土地ころがしに終った。そして1984年、人類の生存に最も危険な核燃料廃棄物処理場建設計画がふってわいた…。一つの地域に展開する資本の収奪と農民の闘いを、20年を費した取材をもとに描く、鎌田慧渾身の書下し大河ルポルタージュ」以上amazon.co.jpより引用


青森県六ヶ所村 原発事故で 核燃料廃棄物が 送られる再処理工場の有る所くらいの理解でしかなかったのだが 六ヶ所村と言うのは六つの村が統合されてこの名前になったのだと言う事も初めて知りました

開拓農民の懸命の努力で 酪農や ホタテの養殖と言った事業が成功して来てこれからと言う時に 不意にわき起こった「開発」の話
それは ずっと前に 其処に住む農民の誰も知らないうちに 国策として計画され そして巧みな計略でそっと始まったのです

「開発」は今の日本を形作る上で 避けては通れない道で 1960年代から一気に加速したように思います
何も知らない小学生の私は 電気が当たり前の生活でしたが 私の村も貧しい村でした
南と北では もっともっと事情も違い 生活の程度も違っていたでしょう

村を上げての反対運動は 下火になり やがて 離農する人々
牧草地や畑 田んぼが有った六ヶ所村は誰も住まない元の原野に戻っていきます
そこに 無粋で巨大な石油タンクが覆いかぶさるように立ち並び 村人の開発への夢は消えて行きます
それから そこについに 再処理工場が建つ事になったのです

追記です(六ヶ所村のすべてが原野と再生処理工場になった訳では有りません) 
(六ヶ所村の地図を見ると 再生処理工場の近くに住宅があります ある意味これは恐ろしいです)

開発の文字に もっと違った意味を村の人は見ていたのだと思います

あの時代 工業化がそこここで図られ 大きな石油コンビナートや化学工場が造られ
公害がクローズアップされました
公害は その前から 広がっていたのですが 企業と国によって隠蔽されていたのです
今の原発も 突き詰めれば ここに行き着くのだと思いました

まとまりのない文章になりました
足の痛みは 時間が経てば直ります
土地を騙されるようにして奪われた人々の 癒されない痛みは 場所を変え 形を変え 続いているのです 
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by hanarenge | 2011-04-02 18:17 | 心模様
2011年 03月 16日

あれから

もう5日がたちました

その間 もの凄いことになっています

被災地の方々のこれからを思うと本当に気持ちが動揺します
被災地の復興を心から願います
この震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り致します


でも くよくよしても仕方がないし 暗くなっても仕方がない

私は幸いに 被災地とは遠くは慣れた所に済んで 普通に暮らして行けるのだから
今自分に出来ることをして 普通に暮らします

今は 募金が一番出来ることかなあ

あとは経済的にお金を使うこと どんどん経済をまわさないと 本当に大変なことになる
こう言うと変に誤解されて 被災地は大変なのに楽しむのかなどと言われそうと言うか
現に言ってる人たちもいるらしいですが
お金を使うことはそんな悪いことではないです
お金持ちはそれなりに 庶民もそれなりに

一人一人がそうやって使って募金もどんどんして そして景気を落ち込ませないようにして
明日へのステップを踏んで行こうと

原発事故に伴い 風評被害が散見されます 根拠のない噂で取り返しのつかない事態を招くことも有るのです

福島の地にこれ以上のダメージを与えないで下さい
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by hanarenge | 2011-03-16 21:44 | ニュース