今年実家を完全に閉めることになった。
それは、ここで300年余り住った家の歴史を閉じることだ。
古い仏壇の古い位牌に、過去が見える。
江戸時代に、ここに住まいを構えた私たちの先祖の片鱗が伺える。
これは、家の庭から前の田んぼを撮ったものです。
ちょうど光が、田んぼであった所に当たっている。
ススキだらけになっているあの田んぼはとてもいいお米が採れたのだ。
春にれんげの花が一面に咲いて、田んぼは、温かい土の湿った匂いと花と草の匂いがしていた。
向かいの山にはたくさんの山桜が咲いて、白く輝いていた。
夏は、ホタルが翡翠色の、光をきらめかせて飛んでいた。
涼しい風が、稲を、撫ぜるようにそよいで通った。
秋には、田んぼの稲がいっせいに実って、金色に輝くのだ。
乾いた草と田んぼの土の匂いが混ざり合う。
もう水はとっくに切られて、田んぼに棲んでいた小さな生き物たちは、どこに行ったのだろうと思うほどだ。
たまにカエルがとぼけた顔でピョンと跳ねる。
もう直ぐ稲は刈り取られる。
からりと広くなった田んぼに、耳をすませば稲の乾く音が聞こえる
甘い匂いもただようようになる。
やがてあの山から冷たい風が吹いて、いつの間にか真っ白い霜が降りるようになる。
朝日が昇ると、霜の降りた田んぼは銀色になる。
それは、長くは続かない、早起きした時だけ見られる御褒美だ。
そして、いよいよ雪が降り始める。
毎年決まったことなのに、初めて迎える雪の日はなんとワクワクするのだろうか !。
田んぼが静かに眠るときがきたのだ。
こうして一年が過ぎていく。
ここで300年も繰り返した営みは、もう終わってしまう。
田んぼも山も、元あった原野に戻っていくのだ。
胸の中で何かが音を立てている気分になる。
さようなら、さようなら、私の田舎、私の田んぼ。忘れないよ。