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2014年 03月 31日

huluで

hulu(フールー)は動画配信サービスです 
ちなみにフールーは中国語(北京官話)で、大事な物を入れる容れ物である「ひょうたん」を意味するとwikipediaにはある。面白いねえ。

そのhuluで観たのは これです。
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松本刑務所内にある松本中学桐分校を舞台にした話です。
「桐分校は日本で唯一の,また世界的にも例のない刑務所内の公立中学校です。桐分校のような学校は,この松本市にしかありません。全国の受刑者の中から,義務教育を修了していない人で,勉学の希望の強い人が選ばれて来ます 桐分校より引用」

wikipedia 塀の中の中学校


一人の若い先生がこの分校に赴任して来る。
今まで少年院で教えていたのだが、こちらに転任になったのだ。
生徒は、5人、それぞれ殺人、放火、詐欺、傷害事件(殺人未遂)などの重犯罪者ばかり。
それも75才から22才までと言う幅広い年齢層だ。
彼らの服役している刑務所は日本各地で、そこから抜擢されてここで勉強する事になったのである。
(修業意欲が強いと認められたのである、しかし中には作業が嫌で桐分校入学を希望した奴もいる)

生徒たちは中学もまともに卒業出来ず、読み書きや暗算も出来ない。
生きる上で必要な事を欠いているのだ。
学歴がないと、まともに就職もできない。就職出来ないから、生活の基盤を築けない。
真面目に暮らそうとは思ってはいても、ついつい流されてしまう。
そして落ちていく。螺旋階段を下る様に。

赴任してきた彼は言う。
犯罪者にここまでしてやらなければいけないのか。公費で教科書を揃えて、教育もつけてやる。。
先輩教官の罪を憎んで人を憎まずだの言葉にも何か納得出来ない自分が居るのだ
だから言うのだ。罪も人も憎むと。

人を憎まずにいられたらどんなに良いだろうか。

理不尽な事件が我が身に降り掛かれば、私も、きっと罪も人も憎んでしまうだろうと思った。

あらすじは省くが、私は初めはいかにも感動の押し売りの嫌らしいドラマではないかと先入感を持っていた。
所が観始めると、中々面白い、いや笑える。
おもろうて、やがて悲しき。。。。。いや淋しきか。。。。

泣かされてたまるかと思っていたけれど、(5人いた内の1人は結局落ちこぼれてしまう)
4人はめでたく無事に(ややこしい事件を起こさずに)卒業式を迎えるのだ。
その場面で鼻の奥がツンツンと痛くなり、目の奥が熱くなり、PCの画面が滲んでしまった。

落ちこぼれた1人は学業が好きと言う事ではなく、作業をサボりたいから入学したのだ。
その彼は、自分の望み通り退学していくのだが、岡山刑務所からの迎えの車に乗せられる時、おおきに、真人間になれるように頑張りますと言って退校していった。

残る4人も、桜の花の下で、ブラインドを下ろした教室の窓から見送る先生に感謝と更正の念を述べて、それぞれの刑務所に戻っていく。

ここでは、先生は顔を出してはいない。普通の学校ではないのだ。

だが生徒たちは窓の向こうに先生たちがいる事を知っているし、先生たちも生徒たちの気持ちを知っている。
もう二度と合う事はないのだが、それだけにいっそう更正を願う気持ちは強い。
生徒が大切にしっかりと握りしめてるのは、黒い筒だ。彼らの中学卒業証書が入っているのだ。
落ちこぼれて、社会の下層で生きて来た彼らが、初めてしっかりと自分の意志で成し遂げた勉強の1年の証し。

私は、渡辺謙は好きな俳優ではないが、彼はやはり上手いなあと改めて思った。
大滝秀治もそうだ、昔は憎たらしい悪役ばかりだったけれど、飄々とした彼の演技は見応えが有る。

面白いと思った一作だ。
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by hanarenge | 2014-03-31 20:59 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(0)
2014年 03月 10日

The Godfather

あまりにも有名で大ヒットしたこの映画。
ザ・シネマで三本連続上映というか放送。観逃してはならじとHDDに録画しました。

暗い画面に浮かび上がる、男の顔。アメリゴ・ボナセーラだ。
やがてカメラはどんどん後ろへ引いていく。
男の手が見える。大きな手だ。やがてこの手の男のアップになっていく。

彼こそは、ゴッドファーザーと呼ばれる、ドン・コルレオーネだ。
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1945年8月の末の土曜日の明るい太陽の降る庭園で、ドンの一人娘コニーの結婚式が賑やかに晴れやかに行われている。

ドンの書斎は暗い。そこで彼は彼の友情に縋って頼み事をしにやって来る人たちと会っているのだ。
ゴッドファーザーは、奢る事も威嚇する事もなく黙って彼らの頼みを聞き、素早く、しかるべき完璧な、そして依頼人の満足する方法をたちどころに約束してくれる。
彼に暖かい友情を捧げれば、彼もそれにちゃんと答えてくれるのだ。其所には金があるかとか地位が有るかとかと言うような基準は無い。(もちろん金も地位も邪魔にはならないが、何も持たない市民であってもそれで恥じる事など無い)
ただゴッドファーザーへの友情があるだけなのだ。
マリオ・プーヅォの原作と非常にマッチした映画のシーンだ。
ここであらすじなど書く必要もないだろう。

ゴッドファーザーと三人の息子、そして彼のコンシリエーレ=相談役でありもう一人の息子でもあるトム。
彼ら家族の物語だ。

「このシリーズがつきせぬ魅力を放つのは、見てはならないピカレスクな裏社会をのぞき見させるような愉しみがあるからだ。ニーノ・ロータの哀調あふれたワルツの音楽にのせて、撮影監督ゴードン・ウィリスによってゴールデンアンバー(琥珀色)を基調にして陰影を強調された、マーロン・ブランドやアル・パチーノといった俳優たちが絶妙なアンサンブルを魅せる。彼らをマリオネットのように操るのは、才能に煌めきを見せるフランシス・フォード・コッポラ監督だ」 ザ・シネマより抜粋

イタリアから移民としてニューヨークに着いた12才のビト・アンドリーニは、コルレオーネと名前を改める。
映画では、これは役人が名前を間違えた事になっているが、原作ではビト自身が故郷の村との絆を残すべく名前を変えた事になっている。

プーゾォの原作では、三男のマイケルが父親の後を次いでドン・コルレオーレとなる所で終わっている。

しかしこの映画の第一作を観たら、絶対に続編を期待するだろう。

これは家族の物語。父親の跡目を継いだマイケルは、家族をそしてコルレオーネファミリーを守り父親がなし得なかった「表」に出て行こうとする。
ニューヨークからネバダへ、裏の世界から表の世界へ、合法的な会社組織に。
愛する子供たち、愛する妻の為、家族のため。
家族を愛し守った父親、愛された父親。冷徹だった父親、幾つもの顔を持ち、しかしそれは一点に凝縮される。
其所に有るのは、優しき心暖かき誠実な愛すべき男だ。
マイケルもいつか父親の様になりたいと心から願う。

そしてマイケルは、ドン亡き後、父親の時代に行われた事にけじめを付けた。
それはファミリーに(すなわちドンに対して)度し難い裏切り行為を働いた者を暴き制裁する所から始る。

パートⅠの最終シーン 妹コニーの夫を殺したのかと詰め寄るケイにマイケルは一度だけ答えてやると恐ろしい顔で言う。
答えは、NOだ。
安堵で泣きそうなケイは、私たち一杯飲みたいわと言って書斎の外のバーに向う。

その時、クレメンツァとロッコ、ネリが書斎に来る。
クレメンツァがマイケルの手に口づけしてドン・コルレオーネと言う。
ネリが静かにケイの前で書斎の扉を閉める。
この時、ケイはコニーの言った事(あんたの亭主は人殺しだ、妹の旦那まで殺した悪魔だ)が全て真実だと理解したのだ。

しかし、血の制裁は何を呼ぶ?
家族、ファミリーを守らねばならない、やらなければやられる。
そして彼は冷酷で恐ろしい男になっていくのだ。ある意味追い込まれていくのだ。

父親に約束した様にファミリーを守り、表に出るべく奮闘するのだが、その道は厳しく残酷で、孤独だ。

妹コニーの結婚式で、ファミリーの中でただ一人偉大なドンに逆らって海兵隊に入ったマイケルは恋人のケイと幸せそうに笑っていた。
彼は父親と別の道を歩く筈だったのだ。

しかし、彼はやはり選ばれた人だった、マイケルの運命はドン・コルレオーネになるべく定まっていたのだ。

マイケルが父親の仇を取ってシシリアに逃れたと知ったときの、ドンの顔。
打ちのめされた顔、ドンはマイケルの資質を見抜いてはいたが、彼をこの家業に引き込むことは避けたかったのに違いない。
ソニーが殺されたときもドンは耐えた、だとしても、それはいつか絶対に起こるであろう報復の時までだ。
だが、マイケル、彼だけは遠ざけておきたかったに違いない。
しかし、考えてみるとこれは報いなのだ。
ビト・コルレオーネが、「いままでに受けた尊敬とほしいままにした権力の代償」なのだ。(ゴッドファーザー上巻より引用)


パートⅡ、タホ湖の畔の邸宅の窓で、一発の銃声を聞いた後顔を伏せるマイケル、彼の孤独が強調された名シーンだと思う。
マイケルは商売では成功したが、家族を失ったのだ。
愛する人々は彼の元を去って行った。それはマイケルがしてきた事への報いだ。
そしてもう後には戻れない恐ろしい道に更に一歩、深く踏み込んだのだ。

パートⅢでは、バチカンまで話しは広がっていく。マイケルは長年の貢献について、バチカンからメダルを贈られる、それは非常に名誉な事なのだ(例え金で買ったとしてもだ、いや金で買わなければ名誉など手に入らない、しかし表に出る為には必要な切符だ)

バチカン銀行の醜聞とそれに伴って起きた殺人と言う、実際の事件がこの中で描かれている。
やっと出られると思ったら逆もどりだ!マイケルは言う。
しかし、表に出ると言う事はそんなに容易い事ではない。
彼のしてきた事が累々と足下に横たわり、血を流している。
お前だけ日の当たる所に出るのか!俺たちは置いていかれるのか!
お前と俺とどう違うのだ?
もっといい目をさせろ。もっと儲けさせろ。とにかくお前だけが逃げるなんて許さない!


マイケルはもうずいぶんと年を取った、そして彼の側には忠実な部下とファミリーがいる。
だが、彼の愛する妻ケイはマイケルの元を去った、彼の子供たちアンソニーとメアリーもいない。
彼の身内はコニーだけだ。
長兄のソニーは敵の罠にかかってマイケルがシシリアにいる時に殺された。
優しかった2番目の兄貴、フレドは・・・・・フレドは・・・・・・・・・フレド!!!
マイケルは深い罪の意識に苛まれている。

アンソニーはマイケルの仕事を嫌い、大学も途中で辞めてオペラの道を目指す。
そして、マイケルはコルレオーネ財団として組織を合法化する。
このトップにマイケルの愛娘が就くのだが・・・・・
その華やかなお披露目パーティーの席で、メアリーは従兄弟のビンセントと久しぶりに会う。
ビンセントの父親はビト・コルレオーネの長男のソニーだ、蜂の巣になった彼の忘れ形見。
母親はコニーの結婚式で浮気したルーシーだ。
ルーシー役の女優さんが、そのまま出ているのも良かった。

マイケルとメアリーがダンスをするシーンで、小さな女の子が(もちろんファミリーの誰かの子供と言う設定)メアリーの足にしがみつく。皆が笑いながらそれを見ている。

やがてオペラの曲に合わせて、マイケルの手による報復が始る。それは確かに正されなければならない事では有ったが。。。。。。。

パートⅢの最後で、マイケルは愛娘を撃ち殺される、それも自分の身代わりのような形で。この衝撃!!
声を消したマイケルの叫びのシーンが、深い深い悲しみを良く現していると思う。
もう二度とケイはマイケルを許さないだろう。認めないだろう。そして自分自身を責めるだろう。

マイケルが跡取りと定めたビンセントに言う言葉は。
「用心しろ、敵はいつも愛するものを狙って来る」
マイケルはしてきた事への報いを受けた。彼にはもう何も残ってはいない。
シシリアの村でのアポロニアとのダンス ネバダで踊るマイケルとケイ 美しく育ったメアリーと踊るマイケルの笑顔。。。。このシーンが流れていく。
全て彼の元から去って行った人たち。もう戻って来ない日々。

やがて、シシリアの古い家の庭で、木が枯れる様に倒れるマイケルをカメラは捉えてこの長い家族の物語は終わりを迎える。

父は人生は美しいと言って死んだ。
マイケルは?マイケルの人生は美しいとは到底言えないだろう。

PART II』で息子のアンソニーがマイケルへ贈る絵は監督の長男ジオが描いたものだった。1986年5月、そのジオはボート事故で命を落としたが、『PART III』でその絵は、オペラ歌手としてデビューを飾るアンソニーへお守りとして渡される。また、『PART III』の冒頭でダンスを踊るマイケルとメアリー(ソフィア・コッポラ)に割って入ってソフィアの足にしがみついている女の子は監督の孫娘で、ジオの忘れ形見であるジアちゃんである。ザ・シネマ、ゴッドファーザーより抜粋

なんかこう言うのも泣けるねえ。

パートⅠでマイケルがコニーの息子のゴッドファーザーになるシーンが有る。
教会の賛美歌と神の恩寵に満ちたシーンに重なるのは、復讐の嵐だ。
この取り合わせが絶妙だと思う。
所でこの赤ちゃん、マイケル・フランシス・リッチは生まれたばかりのソフィア・コッポラなのだ。
ソフィア・コッポラって誰よと思う方。
彼女はこの映画の監督のコッポラ監督の娘で、パートⅢでマイケルの娘メアリーを演じた人です。

まあ、彼女の評判は散々だったようで、有難くない賞まで頂いたらしい。
私も初めて見た時から、このメアリーは頂けなかった。
でも、またこの度見直したら、そう悪くもないと思う。上手くはないけれどね。

パートⅡの若きクレメンツァを演ったブルーノ・カービーは、パートⅠの太っちょで陽気な幹部クレメンツァを演じたリチャード・カステラーノの息子役をやったことがあるから、その縁で青年時代の彼を演じたのだとか。
無名だったロバート・デニーロはⅠで、ドンを売るポーリー・ガットー役に抜擢されたが、主役のアル・パチーノが出演契約が残っていた映画に代役を頼んだ結果、ポーリー役は降板となった。
しかし彼のソニー役の迫真の演技テストをコッポラ監督は見ていて、パートⅡでは若い日のビト・コルレオーネに抜擢されたのだとか。
撮影裏話と言うのも、中々面白い。
そして、あのビト・コルレオーネを演じたマーロン・ブランドが抱いている猫は、パラマウントスタジオをウロウロしていた野良猫だったらしい。彼が気に入って撮影に使ったとか。。。。
猫を抱き陳情を聞くあの名シーンにもこんな話があったのだなあ。

そしてさすがと言うかやはりと言うか、マーロン・ブランドは台詞を覚えず、カンペをアル・パチーノや、ロバート・デュヴァル(トム・ヘイゲン役)に持たせて読み上げていたとか。いずれもザ・シネマより。

長い映画だが、見直す度に新たな感動を与えてくれる映画だと思う。
とても上手に作られているし、何よりも出演者がちょい役に至るまで素晴らしい。
セットも素敵だし、登場する人たち皆お洒落。
Ⅰは1972年上映Ⅱは1974年上映と言う様に、もう初めの作品から40年以上経っているが、この映画ほど色褪せない映画も少ないのではないかと思う。

パートⅢのCDにはコッポラ監督による第4作の構想も語られている。
それによると、ビンセントがファミリーのドンになるが(パートⅢでそのシーンが有った)
もう以前のコルレオーネ帝国のような勢いは無く、麻薬に手を出してやがて、崩壊に至るらしい。
Ⅱの様に現代と過去が交錯し、過去ではビトがコルレオーネファミリーを束ねていく時代。
繁栄と崩壊が交錯していく。観たいなあ。。。。。
残念な事にコッポラ監督かマリオ・プーヅォのどちらかが亡くなれば映画は終わりと言う約束が二人の間ではあって、そして、プーヅォは亡くなってしまったので、コッポラ監督の手による続編はもう作られないだろう。
新しい時代に、新しい監督で、この原作と映画の重みを失わないⅣが作られたらいいなあと贅沢にも思っているこのごろである。

コニーの結婚式はもう遠い過去 その日は皆笑っていた。
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「古き良き時代」はこの日を境に去って行ったのだ。

ドンになったマイケルと若き時代のビト・コルレオーネ。
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マーロン・ブランドは別格として、この二人はこの映画には欠く事の出来ない俳優だったと思う。
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by hanarenge | 2014-03-10 13:29 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(2)
2013年 10月 25日

勘三郎から法善寺

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写真はAmazonから拝借。
18代目中村勘三郎 彼が、はかなくなったのは昨年の12月だ。

野田版の鼠小僧、このシネマ歌舞伎を見逃していたのだが、再上映される事となった10月。
そもそもシネマで歌舞伎の第一弾なのだ。
松竹のシネマ歌舞伎 野田版鼠小僧に詳しく載っています。

ナンバパークスシネマに10月20日、用心棒と。
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余談だけど、木も草もそれなりに大きくなって、パークスはなかなかいい感じになっていますよ。

珍しく、席は満員。

漆黒の闇の江戸の空、時は12月24日、甍の波が見渡す限り広がるその下で、追いつめられ傷を受けた鼠小僧は、もう、己の命は消え行くのみだと荒い息の下で思う。
いつしか白い雪が降り始める。瓦の上に横たわった鼠にも雪は舞落ちる。
「ちくしょう!俺が棺桶屋の三太なれば、誰も俺の言う事など信じやしねえ。鼠小僧なれば信用するのだ。あの大岡忠相が妾を囲い、あろう事か無実と知りながら辻番の爺さんを縛り首にした。。。。
だが、それを誰も信用しねえ、俺が嘘をついたと思ってやがる。。。。」

お白州に引き据えられた鼠小僧は、清く正しく美しく?大江戸の奉行所に輝くスターの大岡忠相が、実は、貞女の誉れ高い若菜屋後家お高を妾として囲い、辻番の與惣兵衛を無実だと確信しているにもかかわらず、縛り首にした事を、忍び込んだお高の家で知ったのだ。
そして、そこで、正直者として長屋の皆にも評判の高い與吉が、お高の間男で、おまけにとんでもない食わせ者である事も知るのだ。
しかし、捕らえられて裁かれているのは鼠小僧の三太。
大岡は三太に言う。
『こりゃ鼠、そちがお高の家で見知った事を黙っているなら、お前の罪を見逃してやっても良いぞ。じゃが、もし真実を言うたなら。。。。解っておるな?』
三太はケチな棺桶屋、銭を人に施せば死んでしまうと口癖の奴。そんな三太がひょんな事から鼠小僧になって。。。。。。。

スクリーンに大写しになる勘三郎、彼は本当に花のある役者だった。
色気もあった、可愛らしかった。
勘三郎が出て来ただけで、もうくすくす笑えて来る。なにかしら嬉しくなる。舞台がぱっと華やかになる。
スクリーンを見ながら、もう二度と彼を生で見る事はないのだ。舞台に勘三郎の演し物がかかる事はないのだと思うと、涙が出て仕方が無かった。
もっともっと勘三郎の歌舞伎を見たかった。。。。。。。。。残念でならない。。。。。。
勘三郎の高杯 貼ります。


法善寺まで
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by hanarenge | 2013-10-25 20:52 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(2)
2012年 10月 23日

クランフォード 再び

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クランフォード 1864年の扉絵  (女だけの町 岩波文庫からスキャン) 

19世紀のイギリスの田舎町 こんな街角をミス・マチルダやミス・ジェンキンスが歩いていたのね〜〜と
想像しています

テレビの物語は クランフォードと他の短編を組み合わせて作られたと言う事です この映像が凄く素敵なんですね
ユーチューブにもクランフォードがアップされています 字幕は英語ではないみたいですが雰囲気は充分伝わると思います (私は外国語が×です 苦笑)

ショウタイムで観て検索してみたらユーチューブにもクランフォードがアップされていました
約一時間 重そうなので埋め込みコードではなくアドレスを貼ります

http://www.youtube.com/watch?v=RCJr43lN6cQ&feature=relmfu

これはシーズン1の第二話 
寝坊した村のDr.ハリソンが慌てて教会へ駆けつけます 赴任してまだ間もない彼ですが村中のご婦人方の注目の的 無理ないです^^
教会のミサから始まります 
教会の牧師役はアレックス・ジェニングス 「クイーン」で 腰抜けのチャールズ皇太子 MI-5ではへっぽこ外相を演じています この二つは私の嫌いな役なのですが クランフォードでは可愛い娘たちと暮らしているハットン牧師さんです
ところで Dr.ハリスンは牧師の娘のソフィが好きです 後の話ではこの事で大騒動が持ち上がります
ミサが終わり教会の外 おなじみのクランフォードの淑女の方々がうわさ話をしています これが可愛い^^  ミス・ポールとフォレスター夫人(彼女は未亡人)とミセス・ジェイミソン?が話しています (ここはショータイムだとカットされてるんですよね 怒)
ミセス・ジェイソンはワンチャんとお揃いの洋服を着ています^^

フォレスター夫人は「雌牛のベッシーを娘のように」可愛がっていて クランフォードの短いお宅訪問(訪問は15分以内で切り上げる事)の間でも毎回ベッシーが話題に成る程です(女だけの町 参照)

d0027244_14495911.jpgそして このベッシーちゃんが 石灰の瓶に落ちて毛をほとんど失ってしまったとき(女だけの町参照 石灰で焼けたらしいのです)とても悲しんだフォレスター夫人はブラウン大尉の助言で「ネルの服」を縫って着せてやるのです ショータイムのベッシーちゃんです 「フォレスター夫人のネルの服」中々似合ってません 笑

追記 原作では この牛に名前は無く(あるのかも知れませんが 私はまだそこまで読んでいませんし
多分ないと思います)この『オールダニー種の雌牛の飼い主のご婦人の名前がミス・ベッシー・パーカー』となっています 笑
本とテレビ放送は必ずしも一致はしておりません 

この物語の中 4:58くらいからミス・ジェンキンスとミス・マチルダの向かいの家に引っ越して来たブラウン大尉の次女のミス・ジェッシーとゴードン少佐の合唱シーンがいいです 歌もとても素敵です フォスターかしら???
ショータイムでは「ローモンド湖」となっていました

♫美しい岸辺に美し丘 ローモンド湖に太陽が降り注ぐ 私とあなたはもうここでは会えない〜〜〜♫

ありました! この歌です ロッホ・ローモンド スコットランドの民謡だそうです

ロッホ・ローモンドの説明がこちらに載っています

この合唱シーンはシーズン1の最終でもう一度あるのですがこれがとても感動的で 私は泣いてしまいました この最終シーズンは泣く事が多いです^^;

d0027244_14592678.jpgそれとお向かいに越して来たブラウン大尉はジム・カーターが演じています

LalaTVのクランフォードのキャスト紹介ページでは違う写真が載っています LalaTVの写真はゴードン少佐ではないでしょうか????

クランフォード また改めて書いてみたいです
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シーズン1 最終シーンです 


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Amazonで買っちゃいました クランフォードのエピソードがいっぱいです
作者のエリザベス・ギャスケルはこんな人です
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by hanarenge | 2012-10-23 15:11 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(2)
2012年 10月 18日

クランフォード

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「クランフォード」シーズン1&シーズン2
『クランフォード、そこは伝統と隣人愛に支えられた平和な町。19世紀イギリスの保守的なこの田舎町を舞台に、そこで暮らす人々の日常と変わり行く社会との葛藤を静かに優しく描いたヒューマン・ドラマ。オスカー女優ジュディ・デンチや『ハリー・ポッター』シリーズで知られるマイケル・ガンボンなどイギリスを代表する名優たちの競演に注目!』楽天ShowTimeより

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この写真を見るだけで もう絶対に観たくなります 
一番右側の女優さんはイメルダ・スタウントン 「ヴェラ・ドレイク」の主演 あとハリーポッターのアンブリッジ先生です
ジュディ・デンチもアイリーン・アトキンスも素敵ですが 彼女のコミカルな演技がとても良いです私は彼女が好きです

MI-5もいいけれど この日だまりのような田舎町のお話 くすっと笑えて こんな人いるなあって親近感もって 中々面白いドラマです じわっと応えます 
19世紀のイギリスの田舎町 風景もとてもいい感じです

Huluと楽天ShowTimeの会員なんですけど 楽天は月額¥294で会員になったら 観放題と言う訳ではなくシーズンをパックで買うか一話ずつ買うかなんですね 第一話だけは観放題なんですけど
クランフォードは2Wで¥504〜¥627です
 
当分この2カ所でドラマ三昧が続きそうです もうレンタルビデオ店へは行く事も無くなりました
 

クランフォードの紹介ページがありました
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by hanarenge | 2012-10-18 22:26 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(2)
2012年 10月 12日

秋の夜長は ホワイトチャペル

d0027244_1047619.jpg Huluで配信開始です

アメリカのドラマが幅を利かせる日本ですけど 英国の番組はおもしろいんですよね

Spooks(MI-5)に はまった私が言います^^ ドラマ然り コメディ然り

Spooksをご覧になった方々がアダム・カーターより ジョー・チャンドラーが良いと言う ルパート・ペンリー・ジョーンズを観るのも楽しみの一つです ゆっくり観ます

d0027244_1185386.jpg リトル・ドリット
ディケンズですね 何回か映画化はされてるようですが 私は観た事ないので これも楽しみです いつでもどこでも観られるのがいいのですけど 私はPCで観ます

配信サイトで今一番気に入ってるのが Huluです    秋の夜長の読書の代わりです  
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by hanarenge | 2012-10-12 11:33 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(0)
2012年 10月 03日

歌劇 ナブッコより


歌劇 ナブッコより 「行け、わが思いよ、金色の翼に乗っての合唱」を

この曲が好きなのは MI-5に関係があるから^^(((観てる人だけに解るんですけどね
貼付けときます
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by hanarenge | 2012-10-03 04:55 | My ブーム | Comments(4)
2012年 09月 13日

こんなになってしまうなんて・・・・・

ずっと、ブログも放ったまま、お友達の所へもご無沙汰したまま。。。。。

朝から晩まで 一つの事ばかり思っている日々です。

自分でも、これはまずい、これはいかんと思うのですが、心は裏腹。。。。。

まあ、はっきり言うとこれは

えらい事ですよ、自分でも歯止めが利きません。

私 どうなってしまうんでしょう 涙 涙

相手は   MI-5のボスのハリー・ピアースです ハリー・ピアース役はピーター・ファースです

そもそもBBCで10年間に渡り放送されたテレビ番組で、シリーズ10で最終です

どういう話なんかいと思われる方は
こちらを!!
あ〜〜〜!!でもトップの三人の中にハリーはいません 空豆みたいな顔はトム・クイン役のマシュー・マクファディンです

まあ番組紹介は 陰謀、組織犯罪、テロに対して、命がけで立ち向かう、
MI-5(Military Intelligence<Section>5イギリス情報局保安部)の諜報員たちの活躍と人間模様をTV史上初めて本格的にドラマ化!! となっております

このシリーズ2から登場するのが ハリーの永遠の恋人なるルース・エヴァーシェッドです 演じているのは ニコラ・ウォーカーです

ざっと書くと 調査室の面々はハリーの元、日夜テロと戦っているんですね、偵察や防止も含めてですよ
その厳しい冷酷な中にも各人色々と人間模様がありましてね

ハリーは途中から入って来たルースに 毎日血も凍りそうな事件ばかり聞いたり見たりの緊張した心にちょっとした違和感(知性とユーモアと温かさと私は理解しました)を感じ だんだんと好きになって行くんですね ルースもそれは一緒 ハリーのM1-5のトップとしての顔の裏に温かく優しく誠実な心を見るのです
もちろん 諜報部員達も心からハリーを信頼しています だけど彼らのハリーはいついかなる時でも
どしっと構えた頼れるボスなのです 事件を前に弱みは見せていられません

だけど 何故かルースには弱い おろおろしちゃったりしてるんです
この二人は見ていてもどかしいくらい 純なんです 

ちゃんと気持ちを伝えてないし ずっとプラトニックなんですね でもそこが憎いくらい素敵なんですよ!!

こっちは もう!!!!ハリー〜〜〜何してるねんっ!!頑張ってこい!!て感じで^^

まあ ハリーとルースが主人公ではないので 彼らのちょっとしたやり取りは日本向けやアメリカ向けの放送ではカットされる事が多いらしいのですが
ハリーとルースにいかれちゃった私は 検索して色々な所をウロウロして ユーチューブなんかでも
ハリー&ルースファンのアップした映像なんか観ちゃう訳です
 
Huluでシーズン1から5まで一気に観ちゃった私は この後が気になって気になって アマゾンで英語版を(日本語版はありません)衝動買いまでしちゃった訳です もちろん英語版 だから細かい事は解りませんっていうか ヒアリングはとても無理です

でもさ そこは検索してもう一件楽天で配信してるサイトを見つけました^^

もう最終版も出て結末は解っているんですが ハリー&ルースから目が離せなくなったって事です
最終版はまだネットで配信してませんけどね

あ ピーター・ファースを見たらえ〜〜〜こんなの??〜〜〜はげてるやん〜〜と思うでしょうね
でも 彼の演じるハリーはすごく素敵なんですよね〜〜〜〜(うるうるの私 笑)
これぞ大人の男です 批判は受け付けません 瀑

とにかくね!!ハリーとルースの物語は 10年かけて育まれたんですから〜〜〜〜〜
ここで書けったって無理な話だわ〜〜〜〜〜


ちなみに ハッピーエンドにはなりません ギリシャ悲劇のようなラストらしいのです
シリーズ9と10をまだ見ていないのですが とにかく・・・・・・涙です 私は。。。。

ユーチューブ貼っとこうっと ^^V  あ〜〜また熱上がりそう

ちょっとだけ追記です ハリーがルースを思い切ってディナーに誘います 断られても一人でも行くなんて言っちゃってさ チャップリンみたいにフランズパンで遊んで待ってるなんて言うんです
もちろんルースは そんな事しなくても あなたと一緒に行きますなんて言って^^ハリー喜んでます
ディナーの席で 話は弾み ハリーはヨーロッパの都市を巡りたいと ルースはニューヨークよなんて言うんですね
で ルースがどんな人と行くのですかと聞くと ハリーはもちろん君と行きたい!なんて言えないんだよなあ これがさ!!
その代わりに 目の前のルースに感じている事を言うんですね 温かくユーモアが有って 賢くてきちんとしていて 話している時も黙っている時も気持ちよくいられる人なんて よーするにハリーは
僕は君をこんな風に思っていると告白(ハリー流)しているんです そして中々得難い人だと言って目の前のルースを見つめる訳なんですが・・・・・

ルースも私も行きたいなあなんて言えばいいのになあ!!!(チェッです 私的には)

で 翌日 マルコムにお似合いだと言われて(マルコムは心からそう思っているんです)からかわれていると思っちゃうルース 皆の噂になって笑われていると思ってしまい こっぴどくハリーを振ってしまう訳なんです(まあ きっと帰ってからルースは死ぬ程後悔したと思うけど)
 
こういうちょっとしたエピソードが各話の中にさりげなく書き込まれているんですよね

今はもうそれを探すのが楽しみ〜〜〜ほとんど病気ですわ 私
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by hanarenge | 2012-09-13 18:10 | 心模様 | Comments(6)
2012年 04月 26日

けっこういけます

Huluです

イギリスのオバカなコメディが観たくて ユーザーになったんですけどね
けっこうはまってます でも下手するとPCの前に座りっぱなしになっちゃうなんて事にも!
それだけは 御免ですが

光テレビでもiTunesでも 借りるか購入かですが それが結構な値段なんです015.gif
当分 フールーで観ます

モバイルもPCでもテレビでも(NTTの光BOXが必要) iPadでもスマートフォンでも観られます

便利になりましたね 私がネットを始めた頃から思うと 雲泥の差です

こんな時 ネット時代に生きていて良かったと ささやかな満足をおぼえます
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by hanarenge | 2012-04-26 15:10 | ネット関係 | Comments(0)
2012年 04月 23日

映画のお話

ちょっとお花見は脇に置いといて 

昨日(22日)に用心棒と久しぶりの映画に行きました

観たかったのはヘルプです

wikipediaよりこちらも参照

1960年代 アメリカ合衆国のミシシッピ州の 黒人のメイドさんのお話 彼女たちを取り巻く環境は決して平等でも公正でもない

差別されて当たり前 差別するのは当たり前 

分離すれども平等 奇妙な論理が展開される

黒人のメイドたちの キッチンでの会話の辛辣な事 明確な事
黒人のメイドのプロとしての仕事の完璧さ 子守りをする白人の子供たちへの愛情 教え どれをとっても確かで揺るぎない愛に満ちている
そして 大切な子供をその手にゆだね 毎日料理をしてもらって食べるくせに トイレは別に専用のトイレを使わせるとか 奇妙な差別が当たり前のように行われている
長い長い奴隷としての歴史がそうさせるのだろうか
公民権運動のテレビも見せない 差別は後ろめたいと解っているけど 誰もそれを正面から口にしない  言えば このミシシッピでは変人扱いされてご近所からつまはじき 
一方おかしいと思っていてもその考えを口にしたメイドはここでは生きては行けなくなる
そんな世界に 一石を投じる出来事が起こります 白人のそれも上流階級から!!!!
と言う事で様々な騒動が起こり 痛ましい事件も起こってくる

見終わって 久しぶりに良かったあ〜〜と感じました
演じている役者のそれぞれが凄く上手いし キュートでクールなメイドさんばかり出て来ます

これと同じ話 これと同じ事件 KKK団による復讐 あからさまな差別・・・・・1960年代のアメリカ合衆国は荒れに荒れていたのです

語り出せばきりがない この話 うっかり口にするといくら語っても語りきれない話

映画ではその一片を観せただけ 

夜仕事が終わってから 人目を忍んで 害が及ばないようにコッソリ自分の体験を語る経験などない私は この状況の中でモンゴメリー・バスボイコット事件のように普通の人が立ち上がった静かな怒りに感服しました

公民権運動

差別は形を変えて 続いています それはアジアでもヨーロッパでもアフリカでも何処でもはびこります
差別はいけないと言うのは簡単だ  それを 常に自分に問いかけなければいけない
謙虚に問いかけなければならない ・・・・と 思うのです
どのような形の差別も悲しい事です 私も差別をした事がないとは言えない 反対に知らない間に差別されていたかも知れない
それは誰でも密かに心の中で芽生えてくるのだから 妬みやひがみを糧にしてあっという間に大きく育ってしまう
恐ろしい感情を飼ってはいけないと そんな事を思うのです
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4月24日 追記
記事を読みかえして。。。。
リンクの公民権運動以下 えらい優等生ぶって書いてますわ
ほんまのところは、ひがみも嫉みもよう育ちます 私の心中で
毎夜、それを摘み取るのです
摘み取っても摘み取っても蔓延りますねん 難儀な事や 私007.gif008.gif015.gif031.gif
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by hanarenge | 2012-04-23 02:37 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(8)