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2012年 10月 03日

歌劇 ナブッコより


歌劇 ナブッコより 「行け、わが思いよ、金色の翼に乗っての合唱」を

この曲が好きなのは MI-5に関係があるから^^(((観てる人だけに解るんですけどね
貼付けときます
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by hanarenge | 2012-10-03 04:55 | My ブーム | Comments(4)
2012年 09月 13日

こんなになってしまうなんて・・・・・

ずっと、ブログも放ったまま、お友達の所へもご無沙汰したまま。。。。。

朝から晩まで 一つの事ばかり思っている日々です。

自分でも、これはまずい、これはいかんと思うのですが、心は裏腹。。。。。

まあ、はっきり言うとこれは

えらい事ですよ、自分でも歯止めが利きません。

私 どうなってしまうんでしょう 涙 涙

相手は   MI-5のボスのハリー・ピアースです ハリー・ピアース役はピーター・ファースです

そもそもBBCで10年間に渡り放送されたテレビ番組で、シリーズ10で最終です

どういう話なんかいと思われる方は
こちらを!!
あ〜〜〜!!でもトップの三人の中にハリーはいません 空豆みたいな顔はトム・クイン役のマシュー・マクファディンです

まあ番組紹介は 陰謀、組織犯罪、テロに対して、命がけで立ち向かう、
MI-5(Military Intelligence<Section>5イギリス情報局保安部)の諜報員たちの活躍と人間模様をTV史上初めて本格的にドラマ化!! となっております

このシリーズ2から登場するのが ハリーの永遠の恋人なるルース・エヴァーシェッドです 演じているのは ニコラ・ウォーカーです

ざっと書くと 調査室の面々はハリーの元、日夜テロと戦っているんですね、偵察や防止も含めてですよ
その厳しい冷酷な中にも各人色々と人間模様がありましてね

ハリーは途中から入って来たルースに 毎日血も凍りそうな事件ばかり聞いたり見たりの緊張した心にちょっとした違和感(知性とユーモアと温かさと私は理解しました)を感じ だんだんと好きになって行くんですね ルースもそれは一緒 ハリーのM1-5のトップとしての顔の裏に温かく優しく誠実な心を見るのです
もちろん 諜報部員達も心からハリーを信頼しています だけど彼らのハリーはいついかなる時でも
どしっと構えた頼れるボスなのです 事件を前に弱みは見せていられません

だけど 何故かルースには弱い おろおろしちゃったりしてるんです
この二人は見ていてもどかしいくらい 純なんです 

ちゃんと気持ちを伝えてないし ずっとプラトニックなんですね でもそこが憎いくらい素敵なんですよ!!

こっちは もう!!!!ハリー〜〜〜何してるねんっ!!頑張ってこい!!て感じで^^

まあ ハリーとルースが主人公ではないので 彼らのちょっとしたやり取りは日本向けやアメリカ向けの放送ではカットされる事が多いらしいのですが
ハリーとルースにいかれちゃった私は 検索して色々な所をウロウロして ユーチューブなんかでも
ハリー&ルースファンのアップした映像なんか観ちゃう訳です
 
Huluでシーズン1から5まで一気に観ちゃった私は この後が気になって気になって アマゾンで英語版を(日本語版はありません)衝動買いまでしちゃった訳です もちろん英語版 だから細かい事は解りませんっていうか ヒアリングはとても無理です

でもさ そこは検索してもう一件楽天で配信してるサイトを見つけました^^

もう最終版も出て結末は解っているんですが ハリー&ルースから目が離せなくなったって事です
最終版はまだネットで配信してませんけどね

あ ピーター・ファースを見たらえ〜〜〜こんなの??〜〜〜はげてるやん〜〜と思うでしょうね
でも 彼の演じるハリーはすごく素敵なんですよね〜〜〜〜(うるうるの私 笑)
これぞ大人の男です 批判は受け付けません 瀑

とにかくね!!ハリーとルースの物語は 10年かけて育まれたんですから〜〜〜〜〜
ここで書けったって無理な話だわ〜〜〜〜〜


ちなみに ハッピーエンドにはなりません ギリシャ悲劇のようなラストらしいのです
シリーズ9と10をまだ見ていないのですが とにかく・・・・・・涙です 私は。。。。

ユーチューブ貼っとこうっと ^^V  あ〜〜また熱上がりそう

ちょっとだけ追記です ハリーがルースを思い切ってディナーに誘います 断られても一人でも行くなんて言っちゃってさ チャップリンみたいにフランズパンで遊んで待ってるなんて言うんです
もちろんルースは そんな事しなくても あなたと一緒に行きますなんて言って^^ハリー喜んでます
ディナーの席で 話は弾み ハリーはヨーロッパの都市を巡りたいと ルースはニューヨークよなんて言うんですね
で ルースがどんな人と行くのですかと聞くと ハリーはもちろん君と行きたい!なんて言えないんだよなあ これがさ!!
その代わりに 目の前のルースに感じている事を言うんですね 温かくユーモアが有って 賢くてきちんとしていて 話している時も黙っている時も気持ちよくいられる人なんて よーするにハリーは
僕は君をこんな風に思っていると告白(ハリー流)しているんです そして中々得難い人だと言って目の前のルースを見つめる訳なんですが・・・・・

ルースも私も行きたいなあなんて言えばいいのになあ!!!(チェッです 私的には)

で 翌日 マルコムにお似合いだと言われて(マルコムは心からそう思っているんです)からかわれていると思っちゃうルース 皆の噂になって笑われていると思ってしまい こっぴどくハリーを振ってしまう訳なんです(まあ きっと帰ってからルースは死ぬ程後悔したと思うけど)
 
こういうちょっとしたエピソードが各話の中にさりげなく書き込まれているんですよね

今はもうそれを探すのが楽しみ〜〜〜ほとんど病気ですわ 私
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by hanarenge | 2012-09-13 18:10 | 心模様 | Comments(6)
2012年 04月 26日

けっこういけます

Huluです

イギリスのオバカなコメディが観たくて ユーザーになったんですけどね
けっこうはまってます でも下手するとPCの前に座りっぱなしになっちゃうなんて事にも!
それだけは 御免ですが

光テレビでもiTunesでも 借りるか購入かですが それが結構な値段なんです015.gif
当分 フールーで観ます

モバイルもPCでもテレビでも(NTTの光BOXが必要) iPadでもスマートフォンでも観られます

便利になりましたね 私がネットを始めた頃から思うと 雲泥の差です

こんな時 ネット時代に生きていて良かったと ささやかな満足をおぼえます
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by hanarenge | 2012-04-26 15:10 | ネット関係 | Comments(0)
2012年 04月 23日

映画のお話

ちょっとお花見は脇に置いといて 

昨日(22日)に用心棒と久しぶりの映画に行きました

観たかったのはヘルプです

wikipediaよりこちらも参照

1960年代 アメリカ合衆国のミシシッピ州の 黒人のメイドさんのお話 彼女たちを取り巻く環境は決して平等でも公正でもない

差別されて当たり前 差別するのは当たり前 

分離すれども平等 奇妙な論理が展開される

黒人のメイドたちの キッチンでの会話の辛辣な事 明確な事
黒人のメイドのプロとしての仕事の完璧さ 子守りをする白人の子供たちへの愛情 教え どれをとっても確かで揺るぎない愛に満ちている
そして 大切な子供をその手にゆだね 毎日料理をしてもらって食べるくせに トイレは別に専用のトイレを使わせるとか 奇妙な差別が当たり前のように行われている
長い長い奴隷としての歴史がそうさせるのだろうか
公民権運動のテレビも見せない 差別は後ろめたいと解っているけど 誰もそれを正面から口にしない  言えば このミシシッピでは変人扱いされてご近所からつまはじき 
一方おかしいと思っていてもその考えを口にしたメイドはここでは生きては行けなくなる
そんな世界に 一石を投じる出来事が起こります 白人のそれも上流階級から!!!!
と言う事で様々な騒動が起こり 痛ましい事件も起こってくる

見終わって 久しぶりに良かったあ〜〜と感じました
演じている役者のそれぞれが凄く上手いし キュートでクールなメイドさんばかり出て来ます

これと同じ話 これと同じ事件 KKK団による復讐 あからさまな差別・・・・・1960年代のアメリカ合衆国は荒れに荒れていたのです

語り出せばきりがない この話 うっかり口にするといくら語っても語りきれない話

映画ではその一片を観せただけ 

夜仕事が終わってから 人目を忍んで 害が及ばないようにコッソリ自分の体験を語る経験などない私は この状況の中でモンゴメリー・バスボイコット事件のように普通の人が立ち上がった静かな怒りに感服しました

公民権運動

差別は形を変えて 続いています それはアジアでもヨーロッパでもアフリカでも何処でもはびこります
差別はいけないと言うのは簡単だ  それを 常に自分に問いかけなければいけない
謙虚に問いかけなければならない ・・・・と 思うのです
どのような形の差別も悲しい事です 私も差別をした事がないとは言えない 反対に知らない間に差別されていたかも知れない
それは誰でも密かに心の中で芽生えてくるのだから 妬みやひがみを糧にしてあっという間に大きく育ってしまう
恐ろしい感情を飼ってはいけないと そんな事を思うのです
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4月24日 追記
記事を読みかえして。。。。
リンクの公民権運動以下 えらい優等生ぶって書いてますわ
ほんまのところは、ひがみも嫉みもよう育ちます 私の心中で
毎夜、それを摘み取るのです
摘み取っても摘み取っても蔓延りますねん 難儀な事や 私007.gif008.gif015.gif031.gif
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by hanarenge | 2012-04-23 02:37 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(8)
2010年 05月 22日

グラン・トリノは心に沁みる映画です

グラン・トリノ 
クリント・イーストウッド 彼はスターです ちゃちな 今流行のスター?(と言うことに抵抗を感じる)ではなく 堂々たるスターです

その彼が ほとんど無名の役者あるいは素人?を率いてこの映画を撮りました

去年これを観た時 クリント・イーストウッドの この作品の素晴らしさの余韻が長く残りました
彼のセンスは 素晴らしいですね 

そんなぁぁと声を出しそうになったシーン そこまでの伏線 すごく感情移入してしまいました
涙がジワ ジワ あとは洪水です

しかし悲しいことですが あのシーンは あれ以外は考えられなかったシーンでしょう

ちなみにイーストウッドは この映画を最後に俳優業は引退すると言うことですが・・・・・
監督としても素晴らしい彼ですから 今後にとても期待するのですが スクリーンで彼が観られないというのは
寂しいような切ないような気持ちです


心斎橋のツタヤで 一枚¥1000で売られていました 特典も何もついていないと思いますが 迷わず買いました  だって グラントリノですもん!!!

第九地区も 欲しい作品ですが グラントリノが一足先にDVDになりました

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by hanarenge | 2010-05-22 23:00 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(5)
2010年 04月 18日

見逃すことは痛恨のはずですぞ

[第9地区] 痛くて汚い映画です ロマンなんてありません

アバターもハートロッカーもそれからアバターを軽く上回ったと言われる
アリスワンダーランドも目じゃないです

まず、事件はおきてしまったこととして関係者のインタビューを織り込みながら
速いスピードで展開していきます

南アフリカのヨハネスブルク その上空に巨大な宇宙船
じっと静止した宇宙船に乗っているのは 宇宙人
中々出てこようとしない宇宙人にこちらから会いに行ったのだが
中は暗く蒸し暑く 不潔極まりない環境 その中にいたのは
信じられないような格好の難民化した宇宙人
20年前30年前の出来事でした

それから 異星人は「エビ」と呼ばれて、政府の委託を受けたMNUの管理下に置かれ
汚い難民キャンプ=スラムに閉じ込められています
エイリアンはどんどん増え、当たり前のようにいざこざは起こり 地球人は 汚いエビを排斥しようとします。
(海底を這い回ってゴミをあさるエビと言う意味での蔑称)
地球人は、その醜い格好ゆえに彼らを嫌い、差別します。

このエイリアンたちに対しての全ての権限を持ち(生殺与奪までの力を持つ)MNUが
これは 国家のお墨付きのある大企業です きっと献金額もものすごく 天下りもバンバン
MNU=国家と言う位置づけもあります(現実にアメリカどの大企業を思い浮かべました)

エビを新しい難民キャンプに 強制的に移動させるため 一人の男を見せかけの責任者に選びます、
彼は抜擢されて有頂天です 軽い乗りで 広報のインタビューに答えています
どうせ スラムで大人しくしているエビだ 俺は上手くやれるさとほくそえんでいたのでしょう

彼 ヴィカスは忠実にノルマを果たし にこやかに(威圧的に侮蔑的に あるいは騙くらかして)
難民に 移動するためのサインを迫ります。
法的手順を踏んでいると言うのは、あくまでポーズ 軍隊の銃と力でねじ伏せるのです
しかし、捜索しているぼろ屋で、黒い液体を浴びてしまいまうヴィカス
彼の身体に思いもかけない変化が起こります

国家の(大企業)の歪み 身勝手 冷酷さ それはグロテスクなまでに病んでいます
それがどんどんあらわになります

この映画が描いているグロテスクな国家は決して空想ではありません
第9地区はかつてのアパルトヘイトであり 難民キャンプでもあります

故郷の惑星に帰りたい 宇宙人の子供は言います

人間と異星人 かすかな希望が見えたと感じました それがないとあまりにも・・・・・・・・
第9地区の過激な描写は この21世紀を迎えた地球の世界でも有ります

いつの間にか 決して好きにはなれないと思った宇宙人と いけ好かない奴と思っていたヴィカスを応援している自分がいました
金属でできた花 その花を作っている一人の「男」最終シーンは胸を打ちます

見応えのある映画でした 見逃したらそれこそ後悔すること請け合いです 一食抜いても見て下さいなんてね

第9地区公式サイト
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by hanarenge | 2010-04-18 23:58 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(0)
2010年 03月 24日

amazonで

三冊の本を買った  

最近は もっぱら 図書館で調達していたのだけれど 繰り返して読んでみたい本は  書棚の悲鳴を無視しても 手に入れたくなる

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「貧困大国アメリカ」と「Ⅱ」が繰り返して読みたかった本 ネットで調べたいことも この本の中から検索していくと 思いがけない所まで飛べたりする

貧困大国のほうは また ゆっくりと書きたいと考えている

葬式云々は amazonをウロウロしていたときに目に付いたもの  貧困大陸を買うついでに 衝動買い

葬式は要らない・・・・わけでもないけれど 

葬儀費用や葬式の無駄の多さ?に唖然としたり ムカッとしたりすることがあるから 読んでみようかなと

父親は7年前に亡くなったのが 初めての親を送ると言う体験を通して 矛盾を感じたのだ

葬儀屋に任せて言われるままに 訳も良くわからないままで それでも仕方がないかと思いながらだった
私がこんな風で頼りなかったので 喪主の弟はもっと大変だったと思う
その時は こんな事を聞くと悪いだろうとか 恥ずかしいとか変な考えにとらわれていたのだ

一回してみると(変な言い方だけど)色々なことが見えてきて 次は(もちろん 無いにこした事はないが、そうは行かないのが 世の常だ)もっと疑問に思うことをそれこそ しっかり聞いて明細もいちいちチェックしてやろうと思っている 良くわからないなんて言うのは御免だ

何と言っても日本の葬儀料は高い 高すぎると思う

悲しみの只中にあり 色々なことが押し寄せてくる中で 流れ作業のように あれよあれよと言う間に葬式が決まっていく

それまでの私の体験した葬儀は 子供の頃 祖父や祖母を送ったことだ
田舎の事だし 時代もあって その頃は 隣組のお世話になった 手作りの葬儀とでも言えばいいのか

葬儀屋の行う葬儀は いわゆる弔問客として行ったのだから細かいことは今回初めて知ったのである

とても親切にしてくれたが 値段もうなぎのぼりのように感じた

心ならずも盛大な葬式をしなければならない人もいるだろうし 沢山の人に見送ってもらいたいと思う人もその考えは 尊重されなければいけないと思う

私個人に限って言えば ひっそりと静かに したいと思うのだ

葬式なんて私はどのような形態でもかまわないとも思っている

お金をかけても仕方がないと思うし 私の時にはできるだけお金はかけないで欲しいと思っている

一年に一回 自分の亡き後を家族と話し合うことは 大事だと思うのだ
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by hanarenge | 2010-03-24 22:06 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(0)
2010年 03月 13日

火の魚

いいドラマでした 大げさで無く くどくもなく 一片の風景のように さらりとすぎて それでいて 心のどこかに
しっかりと 居場所を作ってしまうような 

花束の赤い薔薇  もう少し 深い色が良かったような・・・・・・でもあの赤は贈りたかった金魚の赤だったのでしょう・・・・
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by hanarenge | 2010-03-13 22:46 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(0)
2010年 01月 15日

私の好きな映画

フェデリコ・フェリーニ監督のイタリア映画 「道」

物悲しい調べにのって 奇妙な格好をした女がぎこちなく踊る 馬車が片隅に見える キャンプでもするのだろうか  見慣れない風景が広がり 観ているこちらまで寂しく落ち着かない気分になる

スクリーンは白黒でした 始めて観たのはいつの頃だったのか・・・たぶんテレビで ほら 日曜洋画劇場 あれだと思う

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ジェルソミーナは 大道芸人のザンパノに売られた 
貧しい海辺の村の 更に貧しい家のジェルソミーナは 死んでしまった姉の変わりにザンパノに売られて村を出て行く

ザンパノ イタリア語のZampa、悪の意。悪漢の象徴)
ジェルソミーナ (Gelsomina、イタリア語でジャスミンの意。花の名前、純粋さの象徴)  Wikipediaより


道(1954) - goo 映画あらすじはこちらで


私はジェルソミーナが大好きです 彼女の少しかすれた声 奇妙におどけた歩き方 頭に手をやる時の目

恐ろしいザンパノには いつもびくびくしているけれど 旅をしていれば早々悪いことばかりでもない

そりゃあ 道端で芸をしてお金を稼ぐ芸人だから苦労は耐えないし ザンパノはジェルソミーナの繊細で傷つきやすい心なんぞには頓着しないけれど・・・・でも ザンパノだっていつかは解ってくれるかもしれないし
そう サーカスのあの綱渡りは ザンパノは言葉を知らない犬だといったもの 私にどんな言葉をかけていいのかわからないから 吠え立てているのだって・・・・・・・・

だから 逃げないで 迎えに行くのだ 警察まで 

いつでもジェルソミーナには手を差し伸べる人たちがいたのです 
ここで暮らせるように院長先生に頼んであげると一夜の宿を借りた修道院のシスターは言ってくれた・・・・・
ザンパノに殴られた私を知っていたのだろうか・・・・(ザンパノは教会で盗みを働こうとしたのです!)

サーカスの人だって ザンパノはお断りだけれど あんたは来ていいよ 一緒の部屋で暮らそうと サーカスの女の人は言ってくれた

どうしてそうしなかったの!ジェルソミーナ

無邪気に笑うジェルソミーナの顔が切ないなあ・・・・・・
ジュリエッタ・マシーナが光ります  アンソニー・クインの演じるザンパノの下品で恐ろしいような佇まいも圧巻です
ラストは 本当に胸がつかれます

もしもよろしければ ご覧になってくださいな 損はさせません・・・つもり(笑)
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by hanarenge | 2010-01-15 21:48 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(2)
2007年 06月 08日

さゆり

「さゆり」 映画で少し前に話題になったから ご存知の方も多いだろう

アーサー・ゴールドンが書いた「Memoirs of a Geisha」である

ヤーコプ・ハールホイスが、Geisha さゆりの数奇な生涯をメモワールとして口述したとの事で
この物語は始まる。

千代は、丹波から京都の祇園の屋形へ、売られ、住み込みの仕込み子としての生活が始まるのだ。

千代の売られた屋形には、例えて言うならば、牡丹の花のように艶やかで美しい、先輩芸妓、初桃がいる。
今を時めく、一番の売れっ子である。

ところが、この牡丹のように美しい姐芸妓は、「初桃さんなら、猫みたいなもんや、日なたに寝そべってほかの猫がいてへんかったらご機嫌・・・」

「うちが六つで、初桃さんが九つの頃から知ってますのや、ずっと長いこと、えげつない悪さを、見た後やったら、この次の見当つけるのは、容易なこっちゃ」
さゆり第一巻より抜粋

豆葉という、先輩の芸妓の口から、千代に言われた初桃評である。

初桃は、青い灰色の目をした、千代が、必ず自分より売れっ子になると思い、徹底的に排除しようとする。

あまり期待されなかった、仕込み子の千代の、磨けば宝石のようになる美しさを、皮肉な事に、初桃は、屋形の誰よりも 認識していたのだろう。

やがて、豆葉という、何もかもが揃った、第一級の芸妓に、見込まれた、千代は、初桃の邪魔を何とか逃げ切り、豆葉の妹分として、舞妓としての道を踏み出す。ここまでが、第一巻。

花街の、屋形 おかあさん そこのお抱えの芸妓や舞妓 お茶屋の女将さん等の人間模様
姐芸妓との固めの杯、店出ししてからの、お座敷回り 地位も名誉もある男たちの昼間とは違う顔
昭和の初期ではあるが、いきいきと そして、祇園で生きると言う事がとても詳しく、丁寧に書かれてある。

お座敷での様子、芸妓や舞妓の嫉妬 確執 とてつもない大金が動く、「水揚げ」

現在の祇園に代表される京都の花街は、千代がいた時代とでは、大きく変わり、もっと、明るく、以前のような、澱んだような暗さは無い。

その澱のような、暗さの中に、美しい花が咲いていたのではあろうが・・・・

しかし、外からは、うかがう事のできない、花街の格子の中の世界は、悪いとか良いとかではなく、おそらく今もその深いところでは姿を変えずに、流れているであろうと思うのだ。

それであるからこそ、今も、花街は花街として存在できるのであろう。

この本の中の話は、祇園で実際にあったことであろうと、私は思っている。

祇園には、大勢の「千代」がいて、大勢の、「初桃」が、「おカボ」や、「女将さん」がいたのだろう
そして豆葉も・・・・・・
沢山の絵をはめ込んで、この物語は、一つの話となったのだろう。

ばかばかしいほどの大金をおしげも無く投じる、男たち その競争心を巧みに煽る花街の女性たち

男たちは、お互いに負けじと争うが、かと言って、芸妓や舞妓を、本心から欲する人は少ない
言わば、高価な置物、あるいは、自分の持ち物として、扱う。
そこに、色街に暮らす女たちに対する、無意識であろうとも、厭らしい差別感が滲む。

それを、百も承知の花街の、女たちは、しかし、幾重にも重ねた美しい着物や、化粧の下に巧みに心を隠し、お座敷からお座敷へと蝶のように舞い踊る。

意地悪な芸妓にも、それなりの訳もあり、また、いじめから守ってくれる姐芸妓にもわけがある。

少しずつ、慣れてきて、段々と洗練され、気の聞いた一言も言えるようになり、気働きができると言われ やがて、贔屓も付いてくる。

可愛らしい(かいらしい)舞妓は、祇園の街に、いつの間にか、自分の足で、すっくと立っているのだ。

私が、一番気になるのは、さゆりよりも早く、仕込みで入り、ただ、さゆりへのあてつけと対抗で、初桃の妹分にされ、舞妓になった、不運なおカボのことである。

私は、この物語が、ノンフィクション、あるいは、少なくとも、一人の芸妓をモデルにしていると思っていた。
しかし、これは、完全なフィクションで、ヤーコブ・ハールホイスも架空の人物である。
全くのアメリカ人が、英語で書いた、詳しい、リアルな、花街の物語なのだ。

祇園の富永町の屋形(置屋)がほとんどの物語なのだが、その昔は「美しく着飾った舞妓 芸妓が右往左往する中心地区」であったそうだ。さゆり 訳者後書きからの抜粋
今は、その面影はすっかり変貌しているが・・・・・・・

物語の中に白川や辰巳橋 八坂神社 四条通り 先斗町など、知っている場所が出てくるのも、面白い。

私としては、読み終えて、映画を観たいとは思わなかった。スチール写真で何点か見たのだが、どうも、小説からイメージするものとは、程遠い感じがする。

小説は完璧な京都弁で、衣装や背景もしっかりと書き込んである。

もちろん完璧な京都弁は訳者小川高義氏の力量であるが。

ここまで、京都の祇園の世界に詳しい外国人がいるのだと、改めて、妙に感心してしまった。

上巻と下巻のうち、上巻のほうが、圧倒的に読み応えが、あると思う。
下巻の中では、延さんとさゆりの、会話が、しんと心に落ちてくる。

この本を読んだ後で、もう一度観たいと思ったのは「おもちゃ」と言う映画である。

ご参考まで映画 さゆりの公式ページです。
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by hanarenge | 2007-06-08 23:08 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(8)