カテゴリ:心模様( 110 )


2012年 08月 29日

ゼリー菓子は宝石箱みたい

日本のお菓子の技術は 大した物だと改めて思ったのは 

色々な果物
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金魚鉢
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この二つのお菓子は 有名店の物でもなんでもない スーパーで一山に盛られて売っていたお盆のお菓子

味は昔からのほのかに香料の匂いがする甘いだけの寒天のお菓子
ドーム型のプラスチックの容れ物に入れて¥500もしないお菓子

仏さんの前から下げてしみじみと眺めたら 細工の奇麗な事にちょっと感動した

デパートのショーケースに入れたら高級なお菓子に見える?

京都の宇治田原町だったか 会社のラベルが貼ってあった

こんなきれいな色のお菓子を並べるのも楽しいですね
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by hanarenge | 2012-08-29 12:34 | 心模様 | Comments(4)
2012年 07月 31日

夏よ

いつからか 夏の美しさを忘れていた私

子供時代は 海へ 川へ 水の底の美しさが夏を待つ理由の一つだった

山の上の故郷は緑濃い雑木林と水田の稲が風にそよぐ涼しい村だった

都会に出て 夏の嫌らしさばかりに目がいって 夏を記憶から削除していた私

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見上げる夏空は 明るく澄んで美しい

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蝉時雨の石段には 青い影がかすかに落ちる

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強い日差しは 面白い影を私に見せてくれる

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目を転ずれば 翡翠色の光が煌めく 夏の緑はこんなにも美しかったのか!

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日向でも 命が輝く 夏の植物は生命力に溢れている

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故郷の山林にも 苔が生えていた 木陰では光が踊り 不思議な絵を描いてくれた

私は 夏が好きだ もっともっと暑くなれと思う 濃い陰と強い光に彩られた美しい夏が好きだ

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蓮の花は 風を思わせる

私の好きな夏を楽しみたい

と言う事で 喜光寺に行って来ました 蓮はほぼ咲き終わっていますが まだまだ楽しめます
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by hanarenge | 2012-07-31 20:09 | 心模様 | Comments(4)
2012年 03月 29日

日々喧噪です

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大きなお寺の 緋寒桜(寒緋桜)

彼岸がすぎても まだまだ冷たい風が吹くこの頃 

大きなお寺にある 緋寒桜が見頃となりました

PCのある居間で 孫達が キャーキャーわーわー ギャーギャー  まるで031.gifのごとくです

いやいや エネルギーの 要る事 要る事 時々033.gifイラッと来る私です042.gif

さて また 一踏ん張りしましょう^^
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by hanarenge | 2012-03-29 11:21 | 心模様 | Comments(2)
2011年 12月 16日

一週間の事なんか

 ちょっとご機嫌斜めの孫ちゃんです

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大きなお寺で落ち葉を踏んで歩く彼女の後ろ姿は つまんないと言っているようです
扁桃腺が腫れて そのせいも有ったのかどうか 機嫌がよろしく有りません
だんだんと解ってきて手強くなってきましたよ^^

林檎とヨーグルトのケーキです

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お友達のyokomokoさんのレシピから
これは初めて焼いた分です 今日も焼きました とっても美味しくってすぐに出来て気に入っています yokomokoさん有り難うございます


海遊館のイルミネーション

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孫ちゃんが帰って行った夜 新しく買った携帯用のデジカメで夜景がどう写るか確かめたくも有って
海遊館まで用心棒と一緒に行ってきました
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ジンベイザメとマンタです 人は少ないですね〜〜〜
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土曜日の夜なんですけどねーーーーー 
最近 ナンバや北の繁華街でも え〜〜〜!!と思うほど人出は多くないんです
なんで?やっぱりこの不況のせい?大阪の人口は↓気味なん?会社も本社は東京に行ってしまって 昔の面影がだんだん無くなって来たと感じる蓮花草です
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by hanarenge | 2011-12-16 18:55 | 心模様 | Comments(10)
2011年 11月 07日

『おてまぎ』を書こう

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お母さん お母さん おてまぎを書きたいんだけど 

読みふけっていた本から顔を上げると くりくりの丸い目を見張った彼がいる

誰に書くの?

あのね〜〜〜 あのね〜〜〜 彼は真剣な顔で言う

おてまぎはねえ 切手を貼ったらどこでも行くの??




お母さん お母さん ホソヒラターブって なに?

ホソヒラターブ????? 

そう ホ ソ ヒ ラ タ ー ブ

???

ぴかぴか眩しい五月の縁側で なにやら 眺めながら 彼が言う

キンダーブックの昆虫図鑑 嬉しそうに指差す先には ちいさなアブの絵

『ほそひらた あぶ』の事だった    キントツ特急と一緒だね  

二人の息子の言葉を宝物のように思い出す秋です

こんな可愛い言葉や仕草を残してくれるから 母親業は うれしいんだね

たわいない話です 
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by hanarenge | 2011-11-07 19:51 | 心模様 | Comments(8)
2011年 10月 07日

1300年前の木の物語

昨夜 録画しておいた BS番組の 「たけしアート☆ビート 小川三夫」を観た

宮大工棟梁 小川三夫氏は 法隆寺の鬼と言われた 宮大工の西岡常一の唯一の内弟子として 西岡常一の元で 修練された人である

その小川さんが 言うのは 1300年前の木の癖を理解すると言うか 1300年前の木の話を聞くと言うのだ。
もちろん木は喋ってくれないし 1300年前の建物も 修理を経ている 

解体した時 その 木を通して 当時の宮大工の声をを読み取ると言っていた

天平時代の尺と 今の尺は 長さが違うのだそうだ 今の尺度は303ミリくらい

薬師寺東塔に使われている天平尺は296ミリ 法隆寺は高麗尺で355ミリと言う事だ
天皇が代わると尺も代わったのだとか 

それを 割り出すためには一年かかったと言う
薬師寺の西塔再建時には東塔のあらゆる所を計ったそうだ
そして割り切れる数字でこうだろうと推察するのだとか 

当時28歳だった 小川さんは こうした工程の中で 天平時代の宮大工の声を確かに聞き取っていったのだと思った


1000年と言う遥かな時空を 日本の建築は その時代時代の名工の手に寄って修理され 次への世代に伝える『声』を密かに内包して そこに建って来たのだと 蓮花草もぼやけている頭で理解した

その伝えたい事を読み取れる宮大工でなければと小川さんは言う
そして 私も1000年後の宮大工に伝えたいと小川さんは言う

天平時代は 今のような便利な道具はなかったし 第一ノコギリさへなかったと言う事だ
割るか 叩き切るか 削ぐか どんな手段で あの美しい建物を建てたのだろう
東大寺 法隆寺 薬師寺 唐招提寺金堂等々 木組み一つ見ても本当に美しい
何十mもある 心柱をどうやって建てたのだろうか 想像は果てなく広がった

東大寺転害門の4本の柱 その一番南の柱は南面が ふしこぶだらけだが それは 常に日に照らされて伸びた枝を叩き切って建てているそうで しかも 南面で常に日に照らされる事を考慮してそれを当てているそうだ
私も転害門に行ってみようと思う

寺院や塔を拝観する時 今までは 仏像などに興味を持って拝観していたけれど もっと建物を観察しようと思った
一日中 法隆寺の木を見ているのだって楽しいかも

法隆寺へ行こう 千三百年前の味や大工棟梁に出会う旅に 小川さんが解説している法隆寺の木の話があります 面白いですよぉ!!

もう一つ一生を木と過ごす 宮大工小川三夫さんの人論 仕事論です
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by hanarenge | 2011-10-07 22:06 | 心模様 | Comments(4)
2011年 09月 22日

お二人さま 

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また、また 孫達がやってきます008.gif006.gif001.gif

来週まで ブログはお休みします

ご無沙汰している皆さん ごめんなさい また 遊んで下さいね
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by hanarenge | 2011-09-22 13:55 | 心模様
2011年 09月 05日

台風の爪痕

動画はこちらへ

動画はこちらへ

台風12号被害

朝 空からの映像を見て唖然としました
ここまでの被害だとは・・・・・・

那智勝浦では 町長さんの娘さんが結納の日に家ごと流されてご遺体で見つかったとか また奥様も流されて まだ見つかっていないとか・・・・・

大勢の方が亡くなり また まだ行方も解っていません

勝浦には親戚もいますので 何とも言いようのない気持ちになります。
親戚の方は幸い無事でした

無茶苦茶な振方だったようです 一時間に180mと言う数字もあります

勝浦は美しい山と海に囲まれ 温かな人情のある それは素敵な町です

また 奈良の山は深く険しいですが その深い山を一本の道が走り快適なドライブを楽しめます

空中のループのある道 大きなダム湖が静まる道 深い山は濃い緑のヒノキや杉に覆われています

そんな山々が崩れ川は泥水が流木を押し流し家を流し 人々を連れて行ってしまいました

辛いです  ショックです 今はこの地の無事を祈るくらいしか出来ません

9/6 0:35 追記 母が言う事
昔からよく母が口癖のように言っていました
山は アサキ(雑木林 ぞうきばやし)が無いと駄目だ 杉やヒノキだけでは 山がどれる(崩落)と
元々の山に 際限も無しにコンクリートで道を付けちゃいかん 地下水の流れも変わるし 山が水を吸わんようになると

紀の国の奥の深い山 奈良 吉野の鬱蒼とした深い山 そこに快適な道が何本も着いてとても便利になったけれど 
そして 雑木林と言われて どんどん 杉やヒノキに植え替えられた山々

雑木林この中にどうして雑木林(ざつぼくりん)と言われるか当時の林野庁の方針が載っています

日本中でそんな所がどんどん出来て 昔のブナの森やクヌギの林は数えるくらい 
貴重な資源として観光化してしまった現在

私は 山間部の生活がどれだけ不便かよく知っている 車道があればどれだけ生活が便利に 楽になるか知っている 
杉 ヒノキを 将来の為に額に汗して苗を買って植えた父と母を見ている
日本中の山林にそんな人が多くいた事を知っている 生活が良く生ると信じて植林したのを知っている

その内に政策が変わって 材木も輸入一辺倒になってしまったのさ


この大きな被害は そんな事をしたからだと偉そうに言うつもりは毛頭ありません

そんなことは 私には 言えません

でも 母が言う事は 多分間違ってはいないと私は思うのです
 
だからどうだと言う事はありません 何だか本当に遠くに来てしまったと 迷子になったような気分です
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by hanarenge | 2011-09-05 14:17 | 心模様 | Comments(12)
2011年 07月 15日

暑中のお見舞いを申し上げます

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暑中お見舞いを申し上げます いかがお過ごしでいらっしゃいますか 今年の夏は節電も有ってか特に暑いように感じます 皆様お身体をお大切に 暑さに負けないで 暑さを楽しんで下さい

私の家も ホカホカです
壊れている居間のエアコンを やっと19日に新しく付け替えます
申し込んで 2週間くらいかかりました

暑いので パソコンに向かっても 長時間はとても無理で 皆様の所へもご無沙汰ばかりのこの頃です
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by hanarenge | 2011-07-15 12:13 | 心模様 | Comments(8)
2011年 04月 02日

足の痛みと心の痛み(あるルポを読んで)

四月一日 孫ちゃん達に会いに行った帰り 足を挫いてしまった

右足はくにゃりと曲がったまま 力が入らないので しばらくうめきながら座っていて
右足を引きずりながら 帰って来た

初めて経験するひどい捻挫で 足関節の外側は腫れあがって内出血もしている
松葉杖をついてやっと歩ける程度 階段の多い我が家でうめきながら暮らしています

何もしないので 時間は有り余っています

鎌田慧(さとし)の六ヶ所村の記録を 読み始めた Wikipedia 鎌田慧

「内容(「BOOK」データベースより)
下北半島六ヶ所村は冷害・兇作相次ぐ不毛の土地だった。戦後入植した開拓農民が耕し広げたその農地に次々と「開発」が訪れる。砂鉄製鉄所、精糖工場、石油コンビナート、夢の工業地帯計画はすべて中央大企業の土地ころがしに終った。そして1984年、人類の生存に最も危険な核燃料廃棄物処理場建設計画がふってわいた…。一つの地域に展開する資本の収奪と農民の闘いを、20年を費した取材をもとに描く、鎌田慧渾身の書下し大河ルポルタージュ」以上amazon.co.jpより引用


青森県六ヶ所村 原発事故で 核燃料廃棄物が 送られる再処理工場の有る所くらいの理解でしかなかったのだが 六ヶ所村と言うのは六つの村が統合されてこの名前になったのだと言う事も初めて知りました

開拓農民の懸命の努力で 酪農や ホタテの養殖と言った事業が成功して来てこれからと言う時に 不意にわき起こった「開発」の話
それは ずっと前に 其処に住む農民の誰も知らないうちに 国策として計画され そして巧みな計略でそっと始まったのです

「開発」は今の日本を形作る上で 避けては通れない道で 1960年代から一気に加速したように思います
何も知らない小学生の私は 電気が当たり前の生活でしたが 私の村も貧しい村でした
南と北では もっともっと事情も違い 生活の程度も違っていたでしょう

村を上げての反対運動は 下火になり やがて 離農する人々
牧草地や畑 田んぼが有った六ヶ所村は誰も住まない元の原野に戻っていきます
そこに 無粋で巨大な石油タンクが多いかぶさるように立ち並び 村人の開発への夢は消えて行きます
それから そこについに 再処理工場が建つ事になったのです

追記です(六ヶ所村のすべてが原野と再生処理工場になった訳では有りません) 
(六ヶ所村の地図を見ると 再生処理工場の近くに住宅があります ある意味これは恐ろしいです)

開発の文字に もっと違った意味を村の人は見ていたのだと思います

あの時代 工業化がそこここで図られ 大きな石油コンビナートや化学工場が造られ
公害がクローズアップされました
公害は その前から 広がっていたのですが 企業と国によって隠蔽されていたのです
今の原発も 突き詰めれば ここに行き着くのだと思いました

まとまりのない文章になりました
足の痛みは 時間が経てば直ります
土地を騙されるようにして奪われた人々の 癒されない痛みは 場所を変え 形を変え 続いているのです 
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by hanarenge | 2011-04-02 18:17 | 心模様 | Comments(10)