心の万華鏡  

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カテゴリ:心模様( 147 )


2017年 04月 23日

私のナース卵物語

ことの発端は 私のメル友が 質問してくれたことがきっかけ

私の過去です 笑

いやいや、そんな大げさなものではないのです。

メル友さん ありがとうございます。

そこから妄想 もとへ!

空想 ちがう!

回想のスイッチが入ったのだ

私たちは 総勢11人の学生 美人揃いゆえ?目立った、目立った 笑 

(ただ人数が多かっただけだ だから目立った 煩かったのだ)

実習先は

泣く子も黙る 和歌山日本赤十字病院 通称日赤

ここは独特の雰囲気がある 医大系と日赤系では雰囲気が決定的に違う ナースの帽子のかぶりかたまで違う

今でこそ新しい建物になっているが 昔はなんというか薄暗い廊下 暗い緑色の廊下 白いペンキ塗りのドア

クレゾールや他の消毒液の匂い リネン室の匂い 病室の匂い 何とも言いがたかった

ナースの帽子をやたら上にかぶった総婦長 病棟婦長 外来婦長 それぞれの科の婦長 なんか近寄りがたかった
今は師長だけど 婦長の方が感覚的にしっくりきますのでこれを使います

でもこれぞ日赤だったのだ この大物婦長さんたちを抜かしては日赤の雰囲気は半減する

そこでの実習は・・・・・・・

何と言うか、一言で言えば疎外感があった

これは私だけの感覚ではなく 先輩も同僚も同じことを言っていた

日赤には自前の看護学生がいて、彼女たちが優先されたのだ

今、思えば当たり前のことだけれど 多感?な乙女時代はいろいろ傷ついたのです。

同僚がいない一人ぽっちの実習なんて、拷問みたいに嫌だった。(とてもいい科もあったけどね)

そこで負けずに努力 負けずに食いついていく そんな根性はなかった 怠け者だったのだ。

で、考えることはただ一つ サボタージュさ。底が浅いもので。

日赤から歩いていけるところに和歌山城がある 別名虎伏城 徳川御三家の紀州家のお城だ

ここに実習仲間と繰り出すのだ 制服で。

番茶も出花の18歳 何を見ても聞いてもおかしいお年頃

きゃあきゃあ、わあわあ 実習のことなど綺麗さっぱり忘れて。

広い公園内ではあるが 道は決まっているから 同じ制服組とよく行きあった

さぼったん?どこやの?皮膚科やねん Yさんたちは?今日は外科第一病棟

いややもんなあ そう あそこ意地悪やねん

勝手なことばかり言い合って右と左に分かれる気楽さ

学生の身ゆえ 金銭的な余裕はない

何をしたかというと

天守閣に上がり アホみたいに長い間展望した そして座っておしゃべり

それにも飽きると 広い公園内を熊みたくあっちにウロウロ こっちにうろうろ

おかげで お城に上がる表門の道の石段の上の大木には リスが住み着いていて 道で遊んでいることも知った

たまには 小松原通りで 美味しいランチかお茶

こんな事は、滅多にない

こうして不真面目学生生活を送って、何食わぬ顔で病院に帰っていたのだ

しかし 

あまりのサボり加減はやがて人=婦長さんに知られることになって (当たり前)

とうとう日赤から所属病院に連絡が来た

ある日 全員で事務所に呼ばれて 怖い顔をした事務長さんにこってり叱られてきついお灸を据えられたのである

お粗末様でございました。

今なら、もっと勉強する 勉強してして 専門知識を身につけて 海外協力隊とか ほらエボラが流行った時なんか行くでしょう?

ああいうことをしてみたかったと思う

それか、シップナース。客船に乗って世界中を回るのだ

客船の医務室のナース ああ!!いいだろうなあ!サザンクロスも見られるのだ サンセットも クジラも

でも、もう人生は変えられない

そう、人生は一度っきり

私の人生の事もちょっと考えたりもする

男女問わず もっと早く出会いたかったと思う人がいる 

反対に出会わなければよかったと思う奴もいる^^お前も思われてるって?爆

でも、仕方がないのだ 色々な出来事も出会いも必然だったのだろう

そうして今があるのだろう

だから、毎日を、しなやかに、投げ出さずに生きるのだ

こう書いてるけど心の中はしょっちゅう変わる 

変わって当然 生きてる証拠だと思うようになった 

なんかどんどん意味不明

私、恥ずかしいことのみ多かりきでございます。

こうやって書くとほんまにええ加減で恥ずかしいです。

二十歳の私です うひゃひゃ♫
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同僚と私(右側)たぶん何かの行事?わか〜〜〜いって当たり前 爆

たらたら緑地は これから写真の整理です これがね〜〜〜〜宿命やね、カメラ小僧の。

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by hanarenge | 2017-04-23 19:39 | 心模様 | Comments(0)
2017年 04月 22日

タンポポ 旅立ち

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私は なんにもできないけれど

私は なんにも言えないけれど

それでも 心で思っているよ

風だって雨だって やり過ごせるよ

小さな種が 根を下ろし おおきな花を咲かせるよ

きっと そんな日がくるよ 

ねっ

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by hanarenge | 2017-04-22 21:51 | 心模様 | Comments(0)
2017年 04月 18日

小さなハート

たらたら 緑地で見つけたもの

やたら 明るい日差しの下で 出会った  明るすぎても悲しいなと思ったよ

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小さなハートは勇気凛々


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あなたは自由 風と一緒

どこへでもお行き

あなたは自由

私も自由

自由なあなたが私は好き


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by hanarenge | 2017-04-18 23:03 | 心模様 | Comments(0)
2017年 04月 16日

榛の木(ハンノキ)

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ハンノキ

これだったんだなあ〜〜〜〜

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高校生の時 眠れなくて 祖父の書棚を引っ掻き回して見つけた小説一編

旧仮名遣いで書かれた それは 長塚節の「土」

読み始めたら止まらなくなり 結局徹夜で読んでしまった一冊

明治時代 文字通り 土に生きて土に死ぬ 当時の農村を写実的に描いた彼の小説

その中に ハンノキが出てくる

どんな木なのだろうかと 読みながら思ったのだ

長じて この本を購入した私です。

登場人物の中では 堪次の娘のおつうが一番好きかな


『茨城県地方の貧農勘次一家を中心に小作農の貧しさとそれに由来する貪欲、狡猾、利己心など、また彼らをとりかこむ自然の風物、年中行事などを驚くべきリアルな筆致で克明に描いた農民文学の記念碑的名作である。
漱石をして「余の娘が年頃になって、音楽会がどうだの、帝国座がどうだのと言い募る時分になったら、余は是非この『土』を読ましたいと思っている」と言わしめた』 
引用文のリンク先です



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by hanarenge | 2017-04-16 11:21 | 心模様 | Comments(0)
2017年 04月 13日

小さな靴

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花に嵐が吹き荒れた朝 仕事に急ぐ私の目に飛び込んできたのは 小さな靴

ポツンと片方が置き忘れられたようにひっそりと

行き過ぎたけど気になって戻った私 時間も急くのにiPadで写真を撮った

なんですか?なんか聞こえましたよ またネタかってか?

外野はこの際ほっときましょう 笑

ちょうど初めてのあんよのような靴

息子たちのことがぱーっと目の前に浮かんだ

一足 一足 確かめるようにおろしていたっけ 

立ち止まって頼りないような困ったような顔をして 私を見上げた あなたたち

くっくだよ ほら!ここまでおいで 

でもなかなか歩かない じ〜〜〜〜っと靴を見つめている

まるで自分の足に何かが生えてきたように 

まるで自分の足がかわってしまったかのように

困ったような 半泣き顔で固まっていたっけなあ

その日は歩かなかった いや歩けなかったのかもしれない

若い母親だった私は 早く連れて歩きたいと思ったけれど Nちゃんは頑固(兄貴の方です)

全身で拒否された

H君(弟君)はどうだったけなあ

田舎にいたから 泥だらけの靴だったっけ

毎朝 今日は何が待っているんだろうというような 冒険にワクワクするような顔して起きてきたっけ

小さな息子たちが ママが一番とばかりに私に向かってきてくれた時とか 柔らかい匂いをさせながら眠ってしまった時とか

私の中にキラキラ キラキラ 宝物みたいに眠っている

小さな靴を見たら 小さな息子たちを思い出した

大きくなった息子たちは一人前になってとっくに親離れしているけれど

時々 私はこうして息子たちと遊んでみる

今朝 この靴が置かれていたところを通ったら もうなかった

きっと、お母さんが取りに戻ったのだろうと思った

良かったなあ

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by hanarenge | 2017-04-13 19:40 | 心模様 | Comments(0)
2017年 04月 10日

赤い屋根のおうち

三角の屋根と小さな四角の窓

郵便受も赤い三角屋根が付いている

千里山には、古いおうちが多い

とても大きなおうちも多い

見上げるような石段の上のおうちに住んでいる人もいる

越してきてしばらくはご近所探訪をした

立派なおうちの多いここで、私が気に入ったお家はそう多くない

大きな庭があって雑木林のような森のあるおうちと、灰色の三角屋根のおうち それと赤い屋根のおうち 

赤い屋根のおうちもかなり古い 庭の木も家と一緒に年をとったようで大きい

生垣から見える表の庭には小さな椅子とテーブル 一階の窓は大きく開けられて白いカーテンが揺れている

でも二階の窓が開いているのを見たことがなかった

きっと高齢のご夫婦がお二人で住んでお出でで、二階は、滅多に上がらないのかしら

風を入れたほうがいいのになあ などと、そこの前を通るたびに思っていた

一階の窓が開いているとほっとした 夜は玄関に蜜柑色の明かりが灯っていた

向田邦子のドラマの、三姉妹が二階から見ているような気がして、前を通り過ぎた後でこっそり見上げたこともあった

キラキラ輝く目をした三姉妹が、くすくす笑いながら見下ろしているような気がして

今日、ここの前を通ったら

木で足組がしてあった 白いビニールカーテンで家中周りをぐるりと覆われていた

そして二階の窓は ありったけの窓が大きく開けられていた

ドキドキしながら側に行って見上げてみた

左手の奥に回る道で重機が音を上げている

胸騒ぎは現実となって私に迫った

赤い屋根のおうちは裏から重機に崩されていた

初めて見る赤い屋根のおうちの中 なんだか悪いことをしているような気持ちでこっそり見てみた

荷物はなかったけれど 裏手の物干し台が見えた でもその下は重機で壊されて穴が開いている

とうとうこの、おうちも壊されるのだ

これまでも何軒もの古い家が壊され 大きな敷地は切り売りされ そこにピカピカの同じ顔をした家が並ぶのを見てきた

ここで育った子供たちは帰ってこなかったのだなあと思った

大きなおうちは維持が大変 一軒家を所有する煩わしさは、私も身にしみてわかっている

家族の砦とも揺籠ともなった家は 今は大きいだけの厄介者になっている

ここにはどんな家が建つのだろうか

ここにあった、可愛らしい赤い三角屋根のおうちのことなどすぐに忘れられるのだろうなあと、ちょっぴり腹立たしい思いで家路を急いだ。

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by hanarenge | 2017-04-10 14:21 | 心模様 | Comments(0)
2017年 04月 01日

April Fools' Dayの釣りではありません><

冗談みたいでしょう?

でも違います
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今朝 パンを焼いていて すっかり忘れていたのです と言うか タイマーを余分にまわしていたのです

なんだかキッチンが煙っている あ!!

トースターの中でパンが〜〜〜〜〜

オーブンのドアを開けると 煙がもくもく やば〜〜〜〜〜〜〜!!!!

火災報知器が火事です火事ですとわめき出しました

こんなに焦げたパンは初めてです 爆笑



友人と買い物に行ってランチ 
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この後もだらだら えんえんと喋っていました

気に入った買い物はできましたよ



今日は4月1日

April Fools' Dayですね 

以前はよく引っ掛けたり引っかかったり

JHPに勤めていた時は 皆が凝って嘘を考えました

あまりに凝りすぎて 嘘だと言えなかった時もありました

この頃はどうなのかしら

最近の傾向はよくわかりません

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by hanarenge | 2017-04-01 19:40 | 心模様 | Comments(0)
2017年 04月 01日

忘れられない人(ムーミンのこと)

鍋の中に少し残る、ジャガイモと玉葱と人参、あとは、牛肉の薄切り。

一番見慣れたカレーだと思う。

この冷えたカレーで、思い出すのは、「ムーミン」のこと。
ムーミンとは、あのヤンソンさんの不思議な不思議なお話だけれど、このムーミンは、チョッと違う。

ムーミンは、カレーが大好き。しかも一晩置いたカレーがとても好きなのだ。「先生、カレーは、まだ残っていますよ」。

職員食堂で、遅いお昼を食べている私の耳に、誰かの大きな声が聞こえる。

先生!カレー!!・・・ヤバッ、慌てて下を向いて急いで食べる、私の前に、「オー、今,昼か?」

な、何だって、こっちに来るんだ― 「・・・・・・・」私は出来るだけ知らない顔を決め込みたいが、もう敵は目の前だ。

話などしたくは無いと、思っている私の思惑など、どこ吹く風とばかりに目の前の椅子を引いて座ろうとしているではないか。
びっくりだ

ムーミンはいつもこんな調子で、ある。そして必ずと言って良いほど、私はお小言をくらう。

誰某には、もっと優しく接しろ。気をつけろ。あのときの指示を忘れたのはお前か?等々

おまけに、勉強はしているか?休みには体を休めろ、遊び歩いていちゃいかんぞ。

こちらは、たまの休みには買い物だって映画だって、したいんだよ―お願いだから顔を見るたびに、煩く言うのはやめにしてくれない???面と向かって言うなど、そんな、考えても、恐ろしいことはできない・・・・。

心の中で悪態をつくか、ムーミンが去ってから、思い切り、しかめっ面をしてやるか、どちらかだ。

彼 ムーミンは私の主治医(だったと、私は思っているが、彼は今もって私が彼の患者だと思っているのだ、きっと)で、おまけに上司である。

高い熱を出して、休んでいた私が、急性腎炎になり、入院を余儀なくされた時、思い切り叱られた。

たまたま当直だったムーミンに熱が下がらない私を心配した同僚が、真夜中に寮から病院に連れて行って診察してもらった。

その時、溶連菌かもしれんから、平熱になっても、一週間は寮で大人しくしておけと言われたのを私は守らなかったのだ

こうしてムーミンは、私の主治医になった。

毎日絶対安静の私の病室にやってきて、ジロリと私を見て、口をすっぱくしてジッとして寝ていろと言う。
塩味の無い水臭い病食を、食べ、安静にすること3ヶ月あまり、やっと退院の許可が下りた。

ナースの卵の私は、ムーミンの指示で、一階のリハビリセンターで実習することになり、友人達がさっそうと、詰所で実習しているのを横目に見ていなければならなかった。

体の為に一年間は軽い実習で済ませられるように、ムーミンが総婦長に指示したことなど私は知らなかった。

若い私たちナースの卵には、エレベーターなどは使うなと言っていたムーミンが、回診の時など、私に会うと、エレベーターで上がれと言ってくれた。

夜中に、ムーミンの自宅に電話して、泣きそうな声で蛋白が出たと言ったら、優しく、心配するな、明日一番に診てやると言ってくれた。

一年が過ぎ、私は詰所に復帰した。
あの日の嬉しさは忘れない。試験はどうやら受けられたので、一年の間に卵から新人になっていた。
早く、回診台の横で覚えたての「看護技術」を使いたい。
点滴壜を提げて、さっそうと、病室に入りたい。先輩のようにテキパキと仕事をこなしたい。
何より当直をしたい。
私は、そのころ、張り切っていた。しかし、今思えば、見かけの「出来るナース」に憧れていたのだったが・・・・。

朝一の処置が終り、回診時間にムーミンが、私を指名した。
ゲーー、サ・イ・ア・ク、口パクで友人に言って、渋々廊下をついて歩いた。
いつもは必ずついて来る病棟婦長は来ない。
どうしたんかな、指示いっぱい出たら、忙しいのに・・・思いながらカルテを下げてついて行くと、ムーミンが、調子はどうだ?もう、蛋白も出ないだろう?無罪放免だなと、笑いながら言った。
その後、少し真面目な顔で、「女性は、結婚して子供を生むのだからしっかり治しとかんと、えらいことになるぞ、しかし、もう○○の場合は大丈夫だ、何を食べてもいいし、遊びに言っても良いぞ」と言ってくれた。

私がムーミンの優しさ、有難さをしみじみと噛み締めたのは、それからずいぶんと後のことであった。

子供をムーミンに見てもらおうかなと考えて、友人に電話すると、ムーミン、いや、先生は亡くなっていたのだ。

病室で回診中に倒れ、42歳と言う若さで帰らぬ人となったのだ。

ムーミンに叱られた事も、厳しく指導されたことも、その後のナース生活に、とても、有難い事だった。
患者さんの身になれ。話を聞け。優しい心使いを持て。ムーミンはともすれば、処置がうまくなりたい一心の私に、こう、諭してくれた。

先生には、御礼もちゃんと言っていない。感謝も言っていない。先生の亡くなった事さえ知らなかった。
あれから長い長い時間が流れたが、「ムーミン」は今でも私にとって、一番の主治医でいる。
病気だけではなく、心を診てくれた主治医である。

何故、先生が、ムーミンかと言うと、体形がそっくりだったのだ。
でも、誰も面と向かって、先生に言ったことはないので、私達が―(先生には、はねっかえりの学生集団と呼ばれていた)はじめは怖さから、そしていつの間にか親愛の気持ちを込めて、「ムーミン」と密かに呼んでいた事を、先生は、知らないままで、逝ってしまった。

これは、私が初めて作ったドリコムのブログに書いた記事です。

いつもではないけれど、折に触れて思い出します。

怖かったムーミン 苦手だったムーミン 嫌いだと思ったムーミン 

本当は、強くて優しくてとても素敵な内科医でした。

私の主治医のムーミン 忘れられません。


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by hanarenge | 2017-04-01 08:45 | 心模様 | Comments(0)
2017年 03月 30日

無題

ずいぶん、遠くへ来たものだ

3年まえから ずいぶんと

振り返ったら 遠くに私が見える しんどかったね あの頃はほんとうにしんどかったね

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これでいいんだよ これしかなかったんだよ

もういいんだよ だからここまできたらいいよ

君のしんどいときは終わったんだよ

だからここまで来たらいい

ここから また 眺めてみようよ

きっと違う景色が見えるよ

きっとちがうことが待ってるよ


心の中はクルクル変わる 万華鏡のようだ  一度として同じ模様のない万華鏡

今 思ったことも もう違って映る     どれもこれも心の万華鏡で回る景色 

ちょっと思いつくままに書いたら こんな文章になりました 笑


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by hanarenge | 2017-03-30 23:17 | 心模様 | Comments(0)
2017年 02月 28日

広島

一泊二日の一人旅だった

広島への旅 強烈な印象を残し 今も私の心を離れない思いを、消えてしまわないうちにここに残そうと思う

読むと不快になる表現が含まれています 嫌な方は記事を読まないでください

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醜い建物だ 醜悪な姿をさらして建っている 近づくほどにその異様な姿はますます醜く迫る

こんな醜いものがこの世にあろうか

1945年 8月 6日

その日も暑くなりそうな朝だった

いや 太陽はもうぐんぐんと登り 青空の下で人々は1日の活動についたところだったろう

空襲警報は7時31分に解除されていたから やれやれと思った人も多かったと思う

銀翼を輝かせてエノラ・ゲイが広島上空に入ってきた

しかしその腹には 悪魔の申し子を抱いていたのだ

あの朝 8時16分 リトル・ボーイは広島の上空に放り出された

まるで産み落とされるかのように

それは 熱線と炎と暗黒と 熱風と放射能を広島にぶちまけたのだ

美しい夏の朝は 一瞬 目もくらむような光に包まれ そのあとは熱と風が猛烈な勢いでやってきたのだ

ドームが醜いのは 広島のせいではない

広島の人のせいではない

ドームが醜いのは 原子爆弾が人類史上初めて 人間に向けられたからだ  

明確な殺意を持って広島の上空に放り出したからだ

何もかもが失われた 何もかもが吹き飛ばされた 焼き尽くされ 叩き潰され 恐ろしい風が火を伴ってやってきた

黒い雨が降った 空は黒く 街も暗く 濁った空気の中で焼けただれた人々が呆然と歩いている

ドームは一瞬で 美しかった姿を失った

頭を砕かれ 内臓をぶちまけ  首ももげ 手足が吹っ飛んだのだ

私はドームの周りをゆっくり一周した

あれから72年が経とうとしている

それでも あの 原子爆弾の威力がそこここに見て取れる

ゆっくりとドームを回りながら
 
あの惨状の中で死んだ人々 
泣きながら逃げ惑った人々 
体の皮がむけた人たち 
水を飲みたがった人たち 
身体中から出血しながら死んだ人たち 
燃え盛る家の下で生きながら焼かれた人たち

そんな光景をできうる限りの想像力を働かせ頭に描いた 

涙は後から後から吹き出てきた

ドームをこんなにしたのは広島ではない 

広島の人ではない

原子爆弾を落とした国がしたのだ

また広島へ来たいと思った

広島へ来て この建物と向き合いたいと思った





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by hanarenge | 2017-02-28 22:19 | 心模様 | Comments(0)