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カテゴリ:映画あるいは読書&ドラマ( 50 )


2012年 04月 23日

映画のお話

ちょっとお花見は脇に置いといて 

昨日(22日)に用心棒と久しぶりの映画に行きました

観たかったのはヘルプです

wikipediaよりこちらも参照

1960年代 アメリカ合衆国のミシシッピ州の 黒人のメイドさんのお話 彼女たちを取り巻く環境は決して平等でも公正でもない

差別されて当たり前 差別するのは当たり前 

分離すれども平等 奇妙な論理が展開される

黒人のメイドたちの キッチンでの会話の辛辣な事 明確な事
黒人のメイドのプロとしての仕事の完璧さ 子守りをする白人の子供たちへの愛情 教え どれをとっても確かで揺るぎない愛に満ちている
そして 大切な子供をその手にゆだね 毎日料理をしてもらって食べるくせに トイレは別に専用のトイレを使わせるとか 奇妙な差別が当たり前のように行われている
長い長い奴隷としての歴史がそうさせるのだろうか
公民権運動のテレビも見せない 差別は後ろめたいと解っているけど 誰もそれを正面から口にしない  言えば このミシシッピでは変人扱いされてご近所からつまはじき 
一方おかしいと思っていてもその考えを口にしたメイドはここでは生きては行けなくなる
そんな世界に 一石を投じる出来事が起こります 白人のそれも上流階級から!!!!
と言う事で様々な騒動が起こり 痛ましい事件も起こってくる

見終わって 久しぶりに良かったあ〜〜と感じました
演じている役者のそれぞれが凄く上手いし キュートでクールなメイドさんばかり出て来ます

これと同じ話 これと同じ事件 KKK団による復讐 あからさまな差別・・・・・1960年代のアメリカ合衆国は荒れに荒れていたのです

語り出せばきりがない この話 うっかり口にするといくら語っても語りきれない話

映画ではその一片を観せただけ 

夜仕事が終わってから 人目を忍んで 害が及ばないようにコッソリ自分の体験を語る経験などない私は この状況の中でモンゴメリー・バスボイコット事件のように普通の人が立ち上がった静かな怒りに感服しました

公民権運動

差別は形を変えて 続いています それはアジアでもヨーロッパでもアフリカでも何処でもはびこります
差別はいけないと言うのは簡単だ  それを 常に自分に問いかけなければいけない
謙虚に問いかけなければならない ・・・・と 思うのです
どのような形の差別も悲しい事です 私も差別をした事がないとは言えない 反対に知らない間に差別されていたかも知れない
それは誰でも密かに心の中で芽生えてくるのだから 妬みやひがみを糧にしてあっという間に大きく育ってしまう
恐ろしい感情を飼ってはいけないと そんな事を思うのです
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4月24日 追記
記事を読みかえして。。。。
リンクの公民権運動以下 えらい優等生ぶって書いてますわ
ほんまのところは、ひがみも嫉みもよう育ちます 私の心中で
毎夜、それを摘み取るのです
摘み取っても摘み取っても蔓延りますねん 難儀な事や 私007.gif008.gif015.gif031.gif
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by hanarenge | 2012-04-23 02:37 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(8)
2010年 05月 22日

グラン・トリノは心に沁みる映画です

グラン・トリノ 
クリント・イーストウッド 彼はスターです ちゃちな 今流行のスター?(と言うことに抵抗を感じる)ではなく 堂々たるスターです

その彼が ほとんど無名の役者あるいは素人?を率いてこの映画を撮りました

去年これを観た時 クリント・イーストウッドの この作品の素晴らしさの余韻が長く残りました
彼のセンスは 素晴らしいですね 

そんなぁぁと声を出しそうになったシーン そこまでの伏線 すごく感情移入してしまいました
涙がジワ ジワ あとは洪水です

しかし悲しいことですが あのシーンは あれ以外は考えられなかったシーンでしょう

ちなみにイーストウッドは この映画を最後に俳優業は引退すると言うことですが・・・・・
監督としても素晴らしい彼ですから 今後にとても期待するのですが スクリーンで彼が観られないというのは
寂しいような切ないような気持ちです


心斎橋のツタヤで 一枚¥1000で売られていました 特典も何もついていないと思いますが 迷わず買いました  だって グラントリノですもん!!!

第九地区も 欲しい作品ですが グラントリノが一足先にDVDになりました

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by hanarenge | 2010-05-22 23:00 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(5)
2010年 04月 18日

見逃すことは痛恨のはずですぞ

[第9地区] 痛くて汚い映画です ロマンなんてありません

アバターもハートロッカーもそれからアバターを軽く上回ったと言われる
アリスワンダーランドも目じゃないです

まず、事件はおきてしまったこととして関係者のインタビューを織り込みながら
速いスピードで展開していきます

南アフリカのヨハネスブルク その上空に巨大な宇宙船
じっと静止した宇宙船に乗っているのは 宇宙人
中々出てこようとしない宇宙人にこちらから会いに行ったのだが
中は暗く蒸し暑く 不潔極まりない環境 その中にいたのは
信じられないような格好の難民化した宇宙人
20年前30年前の出来事でした

それから 異星人は「エビ」と呼ばれて、政府の委託を受けたMNUの管理下に置かれ
汚い難民キャンプ=スラムに閉じ込められています
エイリアンはどんどん増え、当たり前のようにいざこざは起こり 地球人は 汚いエビを排斥しようとします。
(海底を這い回ってゴミをあさるエビと言う意味での蔑称)
地球人は、その醜い格好ゆえに彼らを嫌い、差別します。

このエイリアンたちに対しての全ての権限を持ち(生殺与奪までの力を持つ)MNUが
これは 国家のお墨付きのある大企業です きっと献金額もものすごく 天下りもバンバン
MNU=国家と言う位置づけもあります(現実にアメリカどの大企業を思い浮かべました)

エビを新しい難民キャンプに 強制的に移動させるため 一人の男を見せかけの責任者に選びます、
彼は抜擢されて有頂天です 軽い乗りで 広報のインタビューに答えています
どうせ スラムで大人しくしているエビだ 俺は上手くやれるさとほくそえんでいたのでしょう

彼 ヴィカスは忠実にノルマを果たし にこやかに(威圧的に侮蔑的に あるいは騙くらかして)
難民に 移動するためのサインを迫ります。
法的手順を踏んでいると言うのは、あくまでポーズ 軍隊の銃と力でねじ伏せるのです
しかし、捜索しているぼろ屋で、黒い液体を浴びてしまいまうヴィカス
彼の身体に思いもかけない変化が起こります

国家の(大企業)の歪み 身勝手 冷酷さ それはグロテスクなまでに病んでいます
それがどんどんあらわになります

この映画が描いているグロテスクな国家は決して空想ではありません
第9地区はかつてのアパルトヘイトであり 難民キャンプでもあります

故郷の惑星に帰りたい 宇宙人の子供は言います

人間と異星人 かすかな希望が見えたと感じました それがないとあまりにも・・・・・・・・
第9地区の過激な描写は この21世紀を迎えた地球の世界でも有ります

いつの間にか 決して好きにはなれないと思った宇宙人と いけ好かない奴と思っていたヴィカスを応援している自分がいました
金属でできた花 その花を作っている一人の「男」最終シーンは胸を打ちます

見応えのある映画でした 見逃したらそれこそ後悔すること請け合いです 一食抜いても見て下さいなんてね

第9地区公式サイト
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by hanarenge | 2010-04-18 23:58 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(0)
2010年 03月 24日

amazonで

三冊の本を買った  

最近は もっぱら 図書館で調達していたのだけれど 繰り返して読んでみたい本は  書棚の悲鳴を無視しても 手に入れたくなる

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「貧困大国アメリカ」と「Ⅱ」が繰り返して読みたかった本 ネットで調べたいことも この本の中から検索していくと 思いがけない所まで飛べたりする

貧困大国のほうは また ゆっくりと書きたいと考えている

葬式云々は amazonをウロウロしていたときに目に付いたもの  貧困大陸を買うついでに 衝動買い

葬式は要らない・・・・わけでもないけれど 

葬儀費用や葬式の無駄の多さ?に唖然としたり ムカッとしたりすることがあるから 読んでみようかなと

父親は7年前に亡くなったのが 初めての親を送ると言う体験を通して 矛盾を感じたのだ

葬儀屋に任せて言われるままに 訳も良くわからないままで それでも仕方がないかと思いながらだった
私がこんな風で頼りなかったので 喪主の弟はもっと大変だったと思う
その時は こんな事を聞くと悪いだろうとか 恥ずかしいとか変な考えにとらわれていたのだ

一回してみると(変な言い方だけど)色々なことが見えてきて 次は(もちろん 無いにこした事はないが、そうは行かないのが 世の常だ)もっと疑問に思うことをそれこそ しっかり聞いて明細もいちいちチェックしてやろうと思っている 良くわからないなんて言うのは御免だ

何と言っても日本の葬儀料は高い 高すぎると思う

悲しみの只中にあり 色々なことが押し寄せてくる中で 流れ作業のように あれよあれよと言う間に葬式が決まっていく

それまでの私の体験した葬儀は 子供の頃 祖父や祖母を送ったことだ
田舎の事だし 時代もあって その頃は 隣組のお世話になった 手作りの葬儀とでも言えばいいのか

葬儀屋の行う葬儀は いわゆる弔問客として行ったのだから細かいことは今回初めて知ったのである

とても親切にしてくれたが 値段もうなぎのぼりのように感じた

心ならずも盛大な葬式をしなければならない人もいるだろうし 沢山の人に見送ってもらいたいと思う人もその考えは 尊重されなければいけないと思う

私個人に限って言えば ひっそりと静かに したいと思うのだ

葬式なんて私はどのような形態でもかまわないとも思っている

お金をかけても仕方がないと思うし 私の時にはできるだけお金はかけないで欲しいと思っている

一年に一回 自分の亡き後を家族と話し合うことは 大事だと思うのだ
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by hanarenge | 2010-03-24 22:06 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(0)
2010年 03月 13日

火の魚

いいドラマでした 大げさで無く くどくもなく 一片の風景のように さらりとすぎて それでいて 心のどこかに
しっかりと 居場所を作ってしまうような 

花束の赤い薔薇  もう少し 深い色が良かったような・・・・・・でもあの赤は贈りたかった金魚の赤だったのでしょう・・・・
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by hanarenge | 2010-03-13 22:46 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(0)
2010年 01月 15日

私の好きな映画

フェデリコ・フェリーニ監督のイタリア映画 「道」

物悲しい調べにのって 奇妙な格好をした女がぎこちなく踊る 馬車が片隅に見える キャンプでもするのだろうか  見慣れない風景が広がり 観ているこちらまで寂しく落ち着かない気分になる

スクリーンは白黒でした 始めて観たのはいつの頃だったのか・・・たぶんテレビで ほら 日曜洋画劇場 あれだと思う

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ジェルソミーナは 大道芸人のザンパノに売られた 
貧しい海辺の村の 更に貧しい家のジェルソミーナは 死んでしまった姉の変わりにザンパノに売られて村を出て行く

ザンパノ イタリア語のZampa、悪の意。悪漢の象徴)
ジェルソミーナ (Gelsomina、イタリア語でジャスミンの意。花の名前、純粋さの象徴)  Wikipediaより


道(1954) - goo 映画あらすじはこちらで


私はジェルソミーナが大好きです 彼女の少しかすれた声 奇妙におどけた歩き方 頭に手をやる時の目

恐ろしいザンパノには いつもびくびくしているけれど 旅をしていれば早々悪いことばかりでもない

そりゃあ 道端で芸をしてお金を稼ぐ芸人だから苦労は耐えないし ザンパノはジェルソミーナの繊細で傷つきやすい心なんぞには頓着しないけれど・・・・でも ザンパノだっていつかは解ってくれるかもしれないし
そう サーカスのあの綱渡りは ザンパノは言葉を知らない犬だといったもの 私にどんな言葉をかけていいのかわからないから 吠え立てているのだって・・・・・・・・

だから 逃げないで 迎えに行くのだ 警察まで 

いつでもジェルソミーナには手を差し伸べる人たちがいたのです 
ここで暮らせるように院長先生に頼んであげると一夜の宿を借りた修道院のシスターは言ってくれた・・・・・
ザンパノに殴られた私を知っていたのだろうか・・・・(ザンパノは教会で盗みを働こうとしたのです!)

サーカスの人だって ザンパノはお断りだけれど あんたは来ていいよ 一緒の部屋で暮らそうと サーカスの女の人は言ってくれた

どうしてそうしなかったの!ジェルソミーナ

無邪気に笑うジェルソミーナの顔が切ないなあ・・・・・・
ジュリエッタ・マシーナが光ります  アンソニー・クインの演じるザンパノの下品で恐ろしいような佇まいも圧巻です
ラストは 本当に胸がつかれます

もしもよろしければ ご覧になってくださいな 損はさせません・・・つもり(笑)
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by hanarenge | 2010-01-15 21:48 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(2)
2009年 09月 19日

みたかった映画など

観たい 観たいと思いながら 見過ごしてしまう映画  皆さんもそういう経験はおありでしょう

チェンジリング
君のためなら千回でも   週末の鑑賞にと 借りてきました

チェンジリングを観ていて 主人公のクリスティン・コリンズの 居ても立ってもいられないほどの焦燥感 激しい怒り そしてともすれば奈落に突き落とされたような絶望感と孤独感 胸が抉られる悲しみ それが 直接 
胸の中に入ってきました

自分の命とも思う我が子 
誰の為でもない この子の為になら 命も差し出しても悔いは無いと 母親は思うものです

その大事な大事な我が子が忽然と消えてしまい やっと見つかったと思えば まったく見も知らない他人だった  
何と恐ろしい事件 生きているのか死んでいるのか まったくわからず 消えてしまった あの子!!! 

実際にあった残酷な事件で 警察はまったく頼りにならず それどころか 行方不明の我が子を探す母親の邪魔をするのです

権力に立ち向かう市民は 本当に弱く もろいのです

その弱くもろい 市民の母親は 悲しみの炎で焼かれながら やがて 鋼のような精神で 警察に 立ち向かいます

私は 映画に没頭して 彼女と一緒に戦うような気持ちでした

弱々しい一歩が 力強い一歩に変わり 大きく 強く 踏み出して行きます 
しかしそれは また 新しい悲しみをつれてくるものでもありました

真実が一番初めに犠牲になる と言う言葉を また 改めて 思い出した私です

彼女が 私にもやっと支えが出来たと言います それは?と聞かれて 希望よ と答える彼女 

子供を思う母親の心は いつの時代も 変わらないものだと 思いました

クリスティン・コリンズは 生涯 息子を捜し求めたということです
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by hanarenge | 2009-09-19 01:06 | 映画あるいは読書&ドラマ
2007年 06月 08日

さゆり

「さゆり」 映画で少し前に話題になったから ご存知の方も多いだろう

アーサー・ゴールドンが書いた「Memoirs of a Geisha」である

ヤーコプ・ハールホイスが、Geisha さゆりの数奇な生涯をメモワールとして口述したとの事で
この物語は始まる。

千代は、丹波から京都の祇園の屋形へ、売られ、住み込みの仕込み子としての生活が始まるのだ。

千代の売られた屋形には、例えて言うならば、牡丹の花のように艶やかで美しい、先輩芸妓、初桃がいる。
今を時めく、一番の売れっ子である。

ところが、この牡丹のように美しい姐芸妓は、「初桃さんなら、猫みたいなもんや、日なたに寝そべってほかの猫がいてへんかったらご機嫌・・・」

「うちが六つで、初桃さんが九つの頃から知ってますのや、ずっと長いこと、えげつない悪さを、見た後やったら、この次の見当つけるのは、容易なこっちゃ」
さゆり第一巻より抜粋

豆葉という、先輩の芸妓の口から、千代に言われた初桃評である。

初桃は、青い灰色の目をした、千代が、必ず自分より売れっ子になると思い、徹底的に排除しようとする。

あまり期待されなかった、仕込み子の千代の、磨けば宝石のようになる美しさを、皮肉な事に、初桃は、屋形の誰よりも 認識していたのだろう。

やがて、豆葉という、何もかもが揃った、第一級の芸妓に、見込まれた、千代は、初桃の邪魔を何とか逃げ切り、豆葉の妹分として、舞妓としての道を踏み出す。ここまでが、第一巻。

花街の、屋形 おかあさん そこのお抱えの芸妓や舞妓 お茶屋の女将さん等の人間模様
姐芸妓との固めの杯、店出ししてからの、お座敷回り 地位も名誉もある男たちの昼間とは違う顔
昭和の初期ではあるが、いきいきと そして、祇園で生きると言う事がとても詳しく、丁寧に書かれてある。

お座敷での様子、芸妓や舞妓の嫉妬 確執 とてつもない大金が動く、「水揚げ」

現在の祇園に代表される京都の花街は、千代がいた時代とでは、大きく変わり、もっと、明るく、以前のような、澱んだような暗さは無い。

その澱のような、暗さの中に、美しい花が咲いていたのではあろうが・・・・

しかし、外からは、うかがう事のできない、花街の格子の中の世界は、悪いとか良いとかではなく、おそらく今もその深いところでは姿を変えずに、流れているであろうと思うのだ。

それであるからこそ、今も、花街は花街として存在できるのであろう。

この本の中の話は、祇園で実際にあったことであろうと、私は思っている。

祇園には、大勢の「千代」がいて、大勢の、「初桃」が、「おカボ」や、「女将さん」がいたのだろう
そして豆葉も・・・・・・
沢山の絵をはめ込んで、この物語は、一つの話となったのだろう。

ばかばかしいほどの大金をおしげも無く投じる、男たち その競争心を巧みに煽る花街の女性たち

男たちは、お互いに負けじと争うが、かと言って、芸妓や舞妓を、本心から欲する人は少ない
言わば、高価な置物、あるいは、自分の持ち物として、扱う。
そこに、色街に暮らす女たちに対する、無意識であろうとも、厭らしい差別感が滲む。

それを、百も承知の花街の、女たちは、しかし、幾重にも重ねた美しい着物や、化粧の下に巧みに心を隠し、お座敷からお座敷へと蝶のように舞い踊る。

意地悪な芸妓にも、それなりの訳もあり、また、いじめから守ってくれる姐芸妓にもわけがある。

少しずつ、慣れてきて、段々と洗練され、気の聞いた一言も言えるようになり、気働きができると言われ やがて、贔屓も付いてくる。

可愛らしい(かいらしい)舞妓は、祇園の街に、いつの間にか、自分の足で、すっくと立っているのだ。

私が、一番気になるのは、さゆりよりも早く、仕込みで入り、ただ、さゆりへのあてつけと対抗で、初桃の妹分にされ、舞妓になった、不運なおカボのことである。

私は、この物語が、ノンフィクション、あるいは、少なくとも、一人の芸妓をモデルにしていると思っていた。
しかし、これは、完全なフィクションで、ヤーコブ・ハールホイスも架空の人物である。
全くのアメリカ人が、英語で書いた、詳しい、リアルな、花街の物語なのだ。

祇園の富永町の屋形(置屋)がほとんどの物語なのだが、その昔は「美しく着飾った舞妓 芸妓が右往左往する中心地区」であったそうだ。さゆり 訳者後書きからの抜粋
今は、その面影はすっかり変貌しているが・・・・・・・

物語の中に白川や辰巳橋 八坂神社 四条通り 先斗町など、知っている場所が出てくるのも、面白い。

私としては、読み終えて、映画を観たいとは思わなかった。スチール写真で何点か見たのだが、どうも、小説からイメージするものとは、程遠い感じがする。

小説は完璧な京都弁で、衣装や背景もしっかりと書き込んである。

もちろん完璧な京都弁は訳者小川高義氏の力量であるが。

ここまで、京都の祇園の世界に詳しい外国人がいるのだと、改めて、妙に感心してしまった。

上巻と下巻のうち、上巻のほうが、圧倒的に読み応えが、あると思う。
下巻の中では、延さんとさゆりの、会話が、しんと心に落ちてくる。

この本を読んだ後で、もう一度観たいと思ったのは「おもちゃ」と言う映画である。

ご参考まで映画 さゆりの公式ページです。
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by hanarenge | 2007-06-08 23:08 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(8)
2007年 05月 12日

切ない神話

第4の神話
流行作家で、今は、もう、亡くなった、きらびやかな、女流作家の物語

この本を読んで、感じたことは、この、流行作家のモデルの事。

男と女の恋の話や、エッセイを、わずか十年余りの間に、何十冊も書き、そのことごとくが、ベストセラーになり、文学界どころか、クロワッサンや婦人画報や、週刊誌に、その華やかな生活と一種独特なファッションで、グラビアを飾り、彼女は、ファンを、魅了した。
私も、彼女に魅了された一人である(その生き方、その人生のセンスに)

(ベストセラーと言うのとは違う感じもするのも、偽らざる思いだが・・・とにかく、とてもよく売れたのは確かである)

英国人の背が高くハンサムで紳士の夫 半分イギリスの血が入った美しい娘たち
夏の休暇は、毎年、2ヶ月の軽井沢での優雅な避暑、サンモリッツで過ごす、クリスマス休暇
世界各国の、有名な、ホテルの話
たとえば、ロンドンはサヴォイ たとえば、香港のぺニンシュラ  そして、シンガポールのラッフルズホテル  タイではあの、ホテル・オリエンタル・・・・・・

バブル華やかな頃のこれらのホテルの名は、今よりも、もっと、優雅に、そして贅沢な響きを持つ。

パリで自炊した話では、薔薇の花束とワインを買って、シャンゼリゼ通りを早足で歩いた。

銀器の音も優雅なハイ・ティー  熱帯の熱い空気のテラスレストラン(訂正ですテラスレストランは冷房が効いています)バルコニーで食べる、熱い朝粥 クローンを渡る風は、色々なにおいを運んでくる  サマセット・モームが執筆した、ライターズ・バー
The・Lobbyと冠詞を付けて呼ばれると言うアフターヌーン・ティーの事

(後で読み返してみると、バルコニーになっていました)

彼女が作家になってからは、これらの優雅な時間を、楽しめる余裕があった。

しかし、第4の神話の女流作家は、言うのだ。「私の本なんて、私が死んだら5年で、忘れられるわ」。恐ろしい事ではないか!!
世界で訳され、読まれている日本人の作家の本は、川端康成、三島由紀夫、そして、村上春樹くらいであろうか・・・・
作家となったからは、やはり、自分の著作がロンドンやパリ、ニューヨークなどの都会の書店に並べられ、読まれてほしいだろう。
いや、そこまではいかなくても、折々に書店に平積みされて、読者の目に触れてほしいだろう。
なのに、彼女は病床で言うのだ、5年しか持たないと・・・・・・

作家、Y・Mは、駆け抜けるように、その短い作家生活の中で、次々と新作を書き、そしてそれは売れに売れた。
何が彼女をこのように多作にしたのであろうか。
書きたかったからか、書かずにはいられなかったからであろうか。

もちろん、ペン先から言葉が生まれてくるからと言うこともあるだろう。作家とは書かずにはいられない人種だから。

「小さな貝殻」と言う本を読んだとき、少しだけ理由が分かったような気がした。

そして、第4の神話を読んで、その、理由が、とても似ている事に、心のどこかで、やはりと言う思いと、ここまで書くのかと言う思いであった。

幸せな家庭は、(彼女は、ある程度は、エッセイや、小説でそれとなしに書いている)ある意味、彼女にとっては、牢獄で、それであるから書き続けられたのであるが。(その、牢獄があるから、夫との葛藤があるから彼女は作家になったのだ)

彼女の夫はカナダに島を買い、ヨットを買い、高級な車も時計も、コリーも手に入れた。
生活は、格段に豊かになり、エコノミーで飛行機に乗ることも無くなった。

しかし、これは、彼女のペンが稼いだものである・・・・・・・・・

この矛盾とこの生活、彼女を認めたがらない夫と、しかし認めざるを得ない事から来る諍い

色々な矛盾を抱えて、彼女は、原稿用紙を、一マス一マス、埋めていったのだ。

彼女が書いた時代は遠く去り、彼女が書いたホテルも、今はもっと高級なホテルが沢山出来た

私の本棚に、ずらりと並んだ、彼女の本、確かに今は読み返すこともなくなってきた。

本屋には彼女の本は、もう平積みされることも、彼女のコーナーも無い。

第4の神話の予言は確かだったのだろうか・・・・・・・・・

硬質のガラスを思わせるような彼女の文章を、私は、何と思って読んだのだろうか

時代に寄り添い、あの時代ならではの、物語を紡いだ作家 豪華でセンスのある会話と描写

遠く去ったバブルのような本だったのだろうか・・・・・・・

私にとって、彼女の本やエッセイは、流れていく景色のような存在だったのだろうか

切ない「神話」となってしまうのだろうか

雑感
あ~上手くかけませんね・・・・・・・・あの頃は夢中になって読みふけった作家の一人です。
薄い文庫本で、真っ赤な表紙に、いつも同じK氏のデザインの装丁。

別の世界のようでも、言わんとすることには、共感を覚えていたなあ・・・・・・・

あちらは超豪華 こちらは、毎日の生活でいっぱいの身分
今思えば、あの、物語の豪華な雰囲気(決して、金ぴかと言う意味ではなく、さりげないセンスとでも言ったら良いのか??)に魅了されていたのかなあ・・・・


でも、私は、出来る事なら、Y・Mの書いた「風と共に去りぬ」が今でも、本当は読みたかったと本気で思っている。
「風と共に去りぬ」は、マーガレット・ミッチェルが、頑として、続編を書かなかったので、あのスカーレットがタラへ帰ろうと言う所で終わっているのだ。
続編を書く事が、M・ミッチェルが亡くなって何十年もしてから許可され、それを外国の作家が書いたのだが、なんとも陳腐で読まなければ良かったと後悔した本です。
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by hanarenge | 2007-05-12 19:58 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(0)
2007年 03月 25日

パパは眠れない・・・・・・赤ちゃんの逆襲

レンタルしてきたのは赤ちゃんの逆襲です。

タイトルで面白そう!!と借りてきたこの映画。

枯れ木のように細いパパ  でも、会社の社長さん 凄腕

売れない画家 もとい 建築家のシモン ちょっと、かわうそに似ている 失礼!!

赤ちゃんは、柔らかくて、純真で、天使のように無垢で、その笑顔は誰でも引き込ます。

夜 パパもママも寝静まってから、ベビー室から悲しそうな泣き声。

お腹がすいたのかな?。パパはあくびをしながら、赤ちゃんを抱っこして、やさしく、呟きながら
腕を揺すります。
誰だって、こんなに愛らしい赤ちゃんを、放っては置けませんもの!!

パパを見つめて、腕の中で、笑う赤ちゃん。何て、いとおしいんだろう。パパはお前を失っては生きていけないよ・・・・・。

でも、本当に、赤ちゃんは無心に、泣いたり、笑ったりしているのだろうか・・・??

シモン役のミシュル・ミューラー  彼は前半しか出てこない?のですが、彼の語りには笑わせられます。    何気に気になる役者さんです。と言うか、とても面白いのです。

春の宵、あなたも、こんなブラックなコメディの映画 いかがですか?
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by hanarenge | 2007-03-25 19:58 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(6)