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2009年 09月 19日

みたかった映画など

観たい 観たいと思いながら 見過ごしてしまう映画  皆さんもそういう経験はおありでしょう

チェンジリング
君のためなら千回でも   週末の鑑賞にと 借りてきました

チェンジリングを観ていて 主人公のクリスティン・コリンズの 居ても立ってもいられないほどの焦燥感 激しい怒り そしてともすれば奈落に突き落とされたような絶望感と孤独感 胸が抉られる悲しみ それが 直接 
胸の中に入ってきました

自分の命とも思う我が子 
誰の為でもない この子の為になら 命も差し出しても悔いは無いと 母親は思うものです

その大事な大事な我が子が忽然と消えてしまい やっと見つかったと思えば まったく見も知らない他人だった  
何と恐ろしい事件 生きているのか死んでいるのか まったくわからず 消えてしまった あの子!!! 

実際にあった残酷な事件で 警察はまったく頼りにならず それどころか 行方不明の我が子を探す母親の邪魔をするのです

権力に立ち向かう市民は 本当に弱く もろいのです

その弱くもろい 市民の母親は 悲しみの炎で焼かれながら やがて 鋼のような精神で 警察に 立ち向かいます

私は 映画に没頭して 彼女と一緒に戦うような気持ちでした

弱々しい一歩が 力強い一歩に変わり 大きく 強く 踏み出して行きます 
しかしそれは また 新しい悲しみをつれてくるものでもありました

真実が一番初めに犠牲になる と言う言葉を また 改めて 思い出した私です

彼女が 私にもやっと支えが出来たと言います それは?と聞かれて 希望よ と答える彼女 

子供を思う母親の心は いつの時代も 変わらないものだと 思いました

クリスティン・コリンズは 生涯 息子を捜し求めたということです
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by hanarenge | 2009-09-19 01:06 | 映画あるいは読書&ドラマ
2007年 06月 08日

さゆり

「さゆり」 映画で少し前に話題になったから ご存知の方も多いだろう

アーサー・ゴールドンが書いた「Memoirs of a Geisha」である

ヤーコプ・ハールホイスが、Geisha さゆりの数奇な生涯をメモワールとして口述したとの事で
この物語は始まる。

千代は、丹波から京都の祇園の屋形へ、売られ、住み込みの仕込み子としての生活が始まるのだ。

千代の売られた屋形には、例えて言うならば、牡丹の花のように艶やかで美しい、先輩芸妓、初桃がいる。
今を時めく、一番の売れっ子である。

ところが、この牡丹のように美しい姐芸妓は、「初桃さんなら、猫みたいなもんや、日なたに寝そべってほかの猫がいてへんかったらご機嫌・・・」

「うちが六つで、初桃さんが九つの頃から知ってますのや、ずっと長いこと、えげつない悪さを、見た後やったら、この次の見当つけるのは、容易なこっちゃ」
さゆり第一巻より抜粋

豆葉という、先輩の芸妓の口から、千代に言われた初桃評である。

初桃は、青い灰色の目をした、千代が、必ず自分より売れっ子になると思い、徹底的に排除しようとする。

あまり期待されなかった、仕込み子の千代の、磨けば宝石のようになる美しさを、皮肉な事に、初桃は、屋形の誰よりも 認識していたのだろう。

やがて、豆葉という、何もかもが揃った、第一級の芸妓に、見込まれた、千代は、初桃の邪魔を何とか逃げ切り、豆葉の妹分として、舞妓としての道を踏み出す。ここまでが、第一巻。

花街の、屋形 おかあさん そこのお抱えの芸妓や舞妓 お茶屋の女将さん等の人間模様
姐芸妓との固めの杯、店出ししてからの、お座敷回り 地位も名誉もある男たちの昼間とは違う顔
昭和の初期ではあるが、いきいきと そして、祇園で生きると言う事がとても詳しく、丁寧に書かれてある。

お座敷での様子、芸妓や舞妓の嫉妬 確執 とてつもない大金が動く、「水揚げ」

現在の祇園に代表される京都の花街は、千代がいた時代とでは、大きく変わり、もっと、明るく、以前のような、澱んだような暗さは無い。

その澱のような、暗さの中に、美しい花が咲いていたのではあろうが・・・・

しかし、外からは、うかがう事のできない、花街の格子の中の世界は、悪いとか良いとかではなく、おそらく今もその深いところでは姿を変えずに、流れているであろうと思うのだ。

それであるからこそ、今も、花街は花街として存在できるのであろう。

この本の中の話は、祇園で実際にあったことであろうと、私は思っている。

祇園には、大勢の「千代」がいて、大勢の、「初桃」が、「おカボ」や、「女将さん」がいたのだろう
そして豆葉も・・・・・・
沢山の絵をはめ込んで、この物語は、一つの話となったのだろう。

ばかばかしいほどの大金をおしげも無く投じる、男たち その競争心を巧みに煽る花街の女性たち

男たちは、お互いに負けじと争うが、かと言って、芸妓や舞妓を、本心から欲する人は少ない
言わば、高価な置物、あるいは、自分の持ち物として、扱う。
そこに、色街に暮らす女たちに対する、無意識であろうとも、厭らしい差別感が滲む。

それを、百も承知の花街の、女たちは、しかし、幾重にも重ねた美しい着物や、化粧の下に巧みに心を隠し、お座敷からお座敷へと蝶のように舞い踊る。

意地悪な芸妓にも、それなりの訳もあり、また、いじめから守ってくれる姐芸妓にもわけがある。

少しずつ、慣れてきて、段々と洗練され、気の聞いた一言も言えるようになり、気働きができると言われ やがて、贔屓も付いてくる。

可愛らしい(かいらしい)舞妓は、祇園の街に、いつの間にか、自分の足で、すっくと立っているのだ。

私が、一番気になるのは、さゆりよりも早く、仕込みで入り、ただ、さゆりへのあてつけと対抗で、初桃の妹分にされ、舞妓になった、不運なおカボのことである。

私は、この物語が、ノンフィクション、あるいは、少なくとも、一人の芸妓をモデルにしていると思っていた。
しかし、これは、完全なフィクションで、ヤーコブ・ハールホイスも架空の人物である。
全くのアメリカ人が、英語で書いた、詳しい、リアルな、花街の物語なのだ。

祇園の富永町の屋形(置屋)がほとんどの物語なのだが、その昔は「美しく着飾った舞妓 芸妓が右往左往する中心地区」であったそうだ。さゆり 訳者後書きからの抜粋
今は、その面影はすっかり変貌しているが・・・・・・・

物語の中に白川や辰巳橋 八坂神社 四条通り 先斗町など、知っている場所が出てくるのも、面白い。

私としては、読み終えて、映画を観たいとは思わなかった。スチール写真で何点か見たのだが、どうも、小説からイメージするものとは、程遠い感じがする。

小説は完璧な京都弁で、衣装や背景もしっかりと書き込んである。

もちろん完璧な京都弁は訳者小川高義氏の力量であるが。

ここまで、京都の祇園の世界に詳しい外国人がいるのだと、改めて、妙に感心してしまった。

上巻と下巻のうち、上巻のほうが、圧倒的に読み応えが、あると思う。
下巻の中では、延さんとさゆりの、会話が、しんと心に落ちてくる。

この本を読んだ後で、もう一度観たいと思ったのは「おもちゃ」と言う映画である。

ご参考まで映画 さゆりの公式ページです。
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by hanarenge | 2007-06-08 23:08 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(4)
2007年 05月 12日

切ない神話

第4の神話
流行作家で、今は、もう、亡くなった、きらびやかな、女流作家の物語

この本を読んで、感じたことは、この、流行作家のモデルの事。

男と女の恋の話や、エッセイを、わずか十年余りの間に、何十冊も書き、そのことごとくが、ベストセラーになり、文学界どころか、クロワッサンや婦人画報や、週刊誌に、その華やかな生活と一種独特なファッションで、グラビアを飾り、彼女は、ファンを、魅了した。
私も、彼女に魅了された一人である(その生き方、その人生のセンスに)

(ベストセラーと言うのとは違う感じもするのも、偽らざる思いだが・・・とにかく、とてもよく売れたのは確かである)

英国人の背が高くハンサムで紳士の夫 半分イギリスの血が入った美しい娘たち
夏の休暇は、毎年、2ヶ月の軽井沢での優雅な避暑、サンモリッツで過ごす、クリスマス休暇
世界各国の、有名な、ホテルの話
たとえば、ロンドンはサヴォイ たとえば、香港のぺニンシュラ  そして、シンガポールのラッフルズホテル  タイではあの、ホテル・オリエンタル・・・・・・

バブル華やかな頃のこれらのホテルの名は、今よりも、もっと、優雅に、そして贅沢な響きを持つ。

パリで自炊した話では、薔薇の花束とワインを買って、シャンゼリゼ通りを早足で歩いた。

銀器の音も優雅なハイ・ティー  熱帯の熱い空気のテラスレストラン(訂正ですテラスレストランは冷房が効いています)バルコニーで食べる、熱い朝粥 クローンを渡る風は、色々なにおいを運んでくる  サマセット・モームが執筆した、ライターズ・バー
The・Lobbyと冠詞を付けて呼ばれると言うアフターヌーン・ティーの事

(後で読み返してみると、バルコニーになっていました)

彼女が作家になってからは、これらの優雅な時間を、楽しめる余裕があった。

しかし、第4の神話の女流作家は、言うのだ。「私の本なんて、私が死んだら5年で、忘れられるわ」。恐ろしい事ではないか!!
世界で訳され、読まれている日本人の作家の本は、川端康成、三島由紀夫、そして、村上春樹くらいであろうか・・・・
作家となったからは、やはり、自分の著作がロンドンやパリ、ニューヨークなどの都会の書店に並べられ、読まれてほしいだろう。
いや、そこまではいかなくても、折々に書店に平積みされて、読者の目に触れてほしいだろう。
なのに、彼女は病床で言うのだ、5年しか持たないと・・・・・・

作家、Y・Mは、駆け抜けるように、その短い作家生活の中で、次々と新作を書き、そしてそれは売れに売れた。
何が彼女をこのように多作にしたのであろうか。
書きたかったからか、書かずにはいられなかったからであろうか。

もちろん、ペン先から言葉が生まれてくるからと言うこともあるだろう。作家とは書かずにはいられない人種だから。

「小さな貝殻」と言う本を読んだとき、少しだけ理由が分かったような気がした。

そして、第4の神話を読んで、その、理由が、とても似ている事に、心のどこかで、やはりと言う思いと、ここまで書くのかと言う思いであった。

幸せな家庭は、(彼女は、ある程度は、エッセイや、小説でそれとなしに書いている)ある意味、彼女にとっては、牢獄で、それであるから書き続けられたのであるが。(その、牢獄があるから、夫との葛藤があるから彼女は作家になったのだ)

彼女の夫はカナダに島を買い、ヨットを買い、高級な車も時計も、コリーも手に入れた。
生活は、格段に豊かになり、エコノミーで飛行機に乗ることも無くなった。

しかし、これは、彼女のペンが稼いだものである・・・・・・・・・

この矛盾とこの生活、彼女を認めたがらない夫と、しかし認めざるを得ない事から来る諍い

色々な矛盾を抱えて、彼女は、原稿用紙を、一マス一マス、埋めていったのだ。

彼女が書いた時代は遠く去り、彼女が書いたホテルも、今はもっと高級なホテルが沢山出来た

私の本棚に、ずらりと並んだ、彼女の本、確かに今は読み返すこともなくなってきた。

本屋には彼女の本は、もう平積みされることも、彼女のコーナーも無い。

第4の神話の予言は確かだったのだろうか・・・・・・・・・

硬質のガラスを思わせるような彼女の文章を、私は、何と思って読んだのだろうか

時代に寄り添い、あの時代ならではの、物語を紡いだ作家 豪華でセンスのある会話と描写

遠く去ったバブルのような本だったのだろうか・・・・・・・

私にとって、彼女の本やエッセイは、流れていく景色のような存在だったのだろうか

切ない「神話」となってしまうのだろうか

雑感
あ~上手くかけませんね・・・・・・・・あの頃は夢中になって読みふけった作家の一人です。
薄い文庫本で、真っ赤な表紙に、いつも同じK氏のデザインの装丁。

別の世界のようでも、言わんとすることには、共感を覚えていたなあ・・・・・・・

あちらは超豪華 こちらは、毎日の生活でいっぱいの身分
今思えば、あの、物語の豪華な雰囲気(決して、金ぴかと言う意味ではなく、さりげないセンスとでも言ったら良いのか??)に魅了されていたのかなあ・・・・


でも、私は、出来る事なら、Y・Mの書いた「風と共に去りぬ」が今でも、本当は読みたかったと本気で思っている。
「風と共に去りぬ」は、マーガレット・ミッチェルが、頑として、続編を書かなかったので、あのスカーレットがタラへ帰ろうと言う所で終わっているのだ。
続編を書く事が、M・ミッチェルが亡くなって何十年もしてから許可され、それを外国の作家が書いたのだが、なんとも陳腐で読まなければ良かったと後悔した本です。
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by hanarenge | 2007-05-12 19:58 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(0)
2007年 03月 25日

パパは眠れない・・・・・・赤ちゃんの逆襲

レンタルしてきたのは赤ちゃんの逆襲です。

タイトルで面白そう!!と借りてきたこの映画。

枯れ木のように細いパパ  でも、会社の社長さん 凄腕

売れない画家 もとい 建築家のシモン ちょっと、かわうそに似ている 失礼!!

赤ちゃんは、柔らかくて、純真で、天使のように無垢で、その笑顔は誰でも引き込ます。

夜 パパもママも寝静まってから、ベビー室から悲しそうな泣き声。

お腹がすいたのかな?。パパはあくびをしながら、赤ちゃんを抱っこして、やさしく、呟きながら
腕を揺すります。
誰だって、こんなに愛らしい赤ちゃんを、放っては置けませんもの!!

パパを見つめて、腕の中で、笑う赤ちゃん。何て、いとおしいんだろう。パパはお前を失っては生きていけないよ・・・・・。

でも、本当に、赤ちゃんは無心に、泣いたり、笑ったりしているのだろうか・・・??

シモン役のミシュル・ミューラー  彼は前半しか出てこない?のですが、彼の語りには笑わせられます。    何気に気になる役者さんです。と言うか、とても面白いのです。

春の宵、あなたも、こんなブラックなコメディの映画 いかがですか?
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by hanarenge | 2007-03-25 19:58 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(6)
2007年 01月 18日

もしかして もしかしたら

週刊新潮に連載され始めたばかりの「ちんぷんかん」

大江戸は長崎屋の若旦那 一太郎 彼は年の頃15~6歳(多分)
彼のおばあ様が、大妖(おおあやかし)でした。
一太郎は、だから、妖(あやかし)が見えるし、彼らとは幼馴染とでも申せば良いのか、大変仲がよく、遊び友達でもあるのです。

この中に出てくる、家鳴 これは小さな鬼で、「きょんぎゅうぅぅ」とか、「ぎゅわゎゎ」とか、鳴くのです。
印籠から抜け出たお獅子 ぶにぶにぶに と、鳴きます。

さて、大江戸の花火とでも、申せば、良いのか、火事で、一太郎は、煙を吸って、あっという間に賽の河原に立っているのです。
着物の袖の中には家鳴達、足元にはお獅子・・・・何故か、一太郎についてこの可愛らしい妖達も、賽の河原にいるのです。
何故、賽の河原に、いきなり、立っているのか、さっぱり分からない一太郎ですが、(死者は、八百里の山道を越えて、ようよう、賽の河原にたどり着くはずなのですから)。
今一、自分が、本当に死んでしまったとは思えない一太郎は、しかし、家鳴や、お獅子を、向こうの世界、すなわち生者の世界、この世に、もどしてやりたいと考えています。
この、家鳴やお獅子が、何とも言えず、可愛らしいのです。
無邪気にお八つをねだり、カリントウやおかきを、それは、一太郎の袖の中に入っていたのですが、がりがりと食べては、子供たちと石を積んで遊んでいます。

妖(あやかし)と一太郎は、これから、どうなるのでしょうか。
一週間が待ち遠しい気持ちです。

妖(あやかし)が見えて、話しができて、一緒に遊べて、お八つの心配もして・・・・
楽しい世界だなあ!!

私も、想像力を動員して、考えて見ました。

遠い山にはまだ雪が残っているのに、もう、菜の花が咲いて、鳥が日向で踊っている。
空気は澄んでよい香りがするのに、家鳴たちは、花をむしっては、空にばら撒いて遊んでいる
お獅子は、ぶにぶにぶにと鳴きながら、目を細めて空を眺めては、鳥を追いかけたそうな顔をする。
ふわりと浮かんだ雲まで、のんびりと眠そうな様子で北へと流れていく。

霞んで見えるのは、のたりのたりと、波打つ海

桃の花が満開の畑の向こうには、ちいさな、一軒の家。

もし、妖が見えたら、いえいえ、妖になったら

そんな事を考えると、何故か、楽しくなってきます。


「ちんぷんかん」 私はこのシリーズを、今回はじめて目にしたのですが、これまでも、一太郎と妖(あやかし)のお話が沢山出ているのですね。


しゃばけ倶楽部  リンクが反映されないのですが、このHPに詳しく載っています
家鳴もいますよ。

しゃばけシリーズ本の紹介です、これはリンクが反映されるようです。同じHP内なのですけれどね
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by hanarenge | 2007-01-18 22:18 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(2)
2007年 01月 15日

渋くてシックで、荒っぽい映画です

この前から観たいと思っていた「あるいは裏切りと言う名の犬」を、観てきました。

粗筋です。

いきなりすごい展開から始まって、目を離すと話の展開が分からなくなりそうです。
マシンガンで現金輸送車を襲うシーンは、弾丸の音がすごくて、座席に座っていても痛い!と思ってしまいました。

主人公のレオは、じんわりと沁みてくる良い男です。どんどん、素敵に見えてきます。
古いタイプの警官で、かなり荒っぽいことも平気でやりますが、彼のいる「36」の部下達は彼を慕い、彼を中心に着々と犯人に迫って行きます。

ドニはそんな彼を、ねたましく思っています。どうみたって、レオの方が警察内でも人気があるのですから。

9件の事件を起こしているこの、犯罪集団を、周到な準備をして、捜査し、レオは部下達を率いて、逮捕に向かいます。しかし、ドニも割り込んできます。

そして、ドニのとった行動が元で、レオの仲間が撃ち殺されてしまいます。

ドニは内務調査を受ける事になりますが、自分の野望の為に(レオを出し抜いて、長官になるという望み)ある事件(レオが全く予想もしなかった、しかし、重大な犯罪に利用された事件)を嗅ぎ付け、レオを追い落とし、まんまと長官に納まってしまいます。

レオは包み隠さない真実を言えば無罪です、が、しかし、レオはある男を庇うために、真実を言いません。その男は犯罪者です、しかし、レオは信義から、彼を庇うのです。そこが、レオのレオたる所です。
妻も失い、警官の誇りも失い、犯罪者として、7年の刑に服する事になってしまったレオ。

妻は犯罪者を追い詰めて逮捕するという殺伐とした警官の職務の中にあって、唯一、レオの暖かい居場所なのです。

独房で泣くレオの声は、暗い、パリの空に消えていきます。

レオとドニの過去は描かれません。しかし、ドニは今でもレオに対してある屈曲した気持ちを抱き、レオを憎んでいるようです。

渋い映画です。シックで、心が痛い映画です。
フランス映画、堪能しました。

ちなみにレオ役のダニエル・オートゥイユ
こちらはドニ役のジェラール・ドパルデュー映画とは違ってすごくキュートな感じで、またまた素敵と思ってしまいました。
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by hanarenge | 2007-01-15 00:11 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(0)
2006年 12月 22日

映画

今、気になるのはこちらの映画です あるいは裏切りと言う名の犬

嘗ては親友だった二人の警察官に何が起きたのか。
実話に基づいた映画だとのことで、しかも、フランス映画です。
それだけでも、ワクワクしません?

恋ばかりではない、フランスの、ハードな映画は何だかうんと久しぶりのような気がします。

何故、親友が反目しあうようになったのだろう 同じ女性を愛した故か?(それは、ちょっと・・・弱いなあ・・・と、思うのですが)
友情と言う不滅の神話は、やはり神話で、肩を並べて歩くうちに、ふと、猜疑心が湧き、嫉妬が芽生え、やがては、敵同士になっていくのだろうか。
何故??。
その辺の過程がジックリと見られると良いなあと思っています。

ロバート・デニーロが、この映画に惚れ込んで、ハリウッドが版権を買って、アメリカでも、この映画が作られるようです。
こちらはどういう展開になるのでしょうか?
お願いだから、ハリウッド的な感覚で話を勝手に変えないで下さいね。

この前、やっぱり観てしまった映画は、武士の一分です。
貧しいながらも、夫婦で幸せに暮らす、下級武士の身に降りかかった難儀。
一介のお毒見役に過ぎない、三村新之丞 お役目を務められないとなっては、長屋(社宅のようなもの)を出て、サラリーも(三十石となっている)貰えない、浪々の身となる。
そのような事になっては、一大事。ましてや、親戚も余裕のある身でもなく、面倒を見てやろうとするものは皆無。
そこにつけ込む、番頭(バンガシラ)。話しは、思いもかけない方面へと流れていく。

中間の徳平役の笹野高史の、とぼけた演技が面白かった。
坂東三津五郎は、所作が美しいなあと感じた。やはり、歌舞伎役者だけあって、その辺は見事です。
さて、主役の木村拓也、思っていたよりは良かったです。(出来はこの際ノーコメントにしますが・・・・察してくださいませ。)
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by hanarenge | 2006-12-22 00:53 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(14)
2006年 11月 19日

やっぱり 泣いてしまったよ

原作は残念ながら読んでいない。
ドラマでオカンが田中裕子だと知って、では、観ようと思ったのだ。

ここで、粗筋を長々と書くのは、野暮と言うもの・・・と言う事で、筋は割愛(言い訳めいている気もする^^;)

オカンのほのぼのとした、内からにじみ出るような、暖かさ、優しさ、マア君といつでも呼びかける母の眼差し。

雰囲気がとっても良かったなあ。。。。チョッピリ可笑しいと言うよりも、笑いが堪えられなくクスクスと湧き上がってくる、でも、いつの間にか瞼の裏が熱くなって、涙があふれてくる。

オトンのいい加減さ、こんなオトンでも、オカンは気持ちのどこかで待っているんだね。
オトンは、風来坊で、どうやら、別に暮らす女がいるらしい。だのに、離婚は、オトンが避けている。
オカンに甘えているんだろう。甘えと言い切ってしまうと一寸ニュアンスが違ってくるかもしれないが、なんて言えば良いのかなぁ?ずるい?そうかもしれない。

こんな、オトン、昔はいたような気がする。型破りな、はた迷惑な、そのくせ、あかんたれのオトン。今の世の中では、真っ先に、あなたがいけないんです、全てはあなたの怠慢です!!とでも、賢そうな他人に言われてしまうタイプ。
オトンは、オカンが、いつでも、居てくれる港のように思っているんだろうな。。。。

じゃあ、待っているオカンの立場はどうなるのさと、思うけれども、それでも、オカンはそんな事は、顔には出さないのだろう、そこがオカンを、あの可愛らしい笑顔のオカンにしている所なんだろうなあ。

1+1は2とならない所が、人間の面白いところなんだよね。

ボクは、オカンが居なくなっても、何とか一人で生きてもいけるだろうけれど、オトンはどうなったのかな?気になる。

どれだけ愛していても、一緒には逝けないのだ。だから、生まれてきた奇跡が嬉しい。

私の子供に生まれてきてくれて有難う。私に子供を授けてくれて有難う。お嫁ちゃんに有難う。小さな孫に有難う。

私の友達に有難う。ブログへ来てくれる人に有難う。

私が出会えた全ての人に有難う。私に出会ってくれて有難う。

そして、私のオトンとオカンに有難う。             加筆しました

ドラマの公式サイトです。東京タワー オカンとボクと時々オトン
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by hanarenge | 2006-11-19 00:12 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(8)
2006年 11月 17日

私の好きなもの

好きなものは沢山 好きな人も大勢
その中で、一つ紹介するとすれば、トニー・レオンと、アンディ・ラウのインファナルアフェア
マフィアと警察との戦い
マフィアの中には潜入捜査官 警察の中にはマフィアのスパイ
日々抗争を繰り返し、覚せい剤の密輸 今日も誰かが闇にまぎれて消される
マフィアの中の潜入捜査官の、本当の身分を知るものは、たった一人 もし彼に何かが起こったら、潜入捜査官の身分を保証してくれるものは誰もいない。
警察へも戻れない マフィアに正体がばれたら、その時は、あっという間に、あの世行きの超特急に乗せられてしまう。

マフィアのスパイも警察と言う組織の中で、昇進していくに連れ、元の立場を忘れたくなる。
警察官になりたい、いや、今でも、立派な警察官だ。。。違う!!本当の自分は、警察官ではない、どれだけ、功績を挙げて、どれだけ昇進しようとも、俺は、本物にはなれない。。。

この二人が軸になり、物語は展開していく。偽者のマフィアと偽者の警察官。
二人が顔をあわせた時・・・・・・・殺したくなるほどの羨望と焼けるような哀しみ 白いギブスの秘密 いつか、戻る きっと戻る 俺は警官だ。

あいつになりたい・・・・警察学校で呟いた少年の日からどれだけの日々が流れたか。。。誰にも言えない秘密を抱えて。。。。俺はあいつになれたのだろうか。。。。。

インファナルアフェアこちらで、トニーレオンの扮するヤンのとっても素敵な笑顔が見られます♪
卯月さんのインファナルアフェア
こちらに、リンクを頂いている卯月さんの映画ノートです。
卯月さんの解説は、もう、とっても素晴らしくて、私はいつも、感心しています。そして楽しみにしています。


さて、チョッとだけ来年のお話をば。。。。
山崎豊子の原作の華麗なる一族、もう有名ですね。原作、映画ともに楽しめました。
そのリメイク版が来年から放送されます。これはチョッと、日曜日のお楽しみになるかも。。。と、期待している私です。
華麗なる一族 ドラマ2007
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by hanarenge | 2006-11-17 00:20 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(10)
2006年 10月 18日

久しぶりにテレビの事など

嫌われ松子の一生は映画にもなり、一躍有名になりました。

嫌われ松子の一生テレビ版が、この前から始まって、まあ、早速見始めたと言うわけです。

原作は図書館を検索すると、ものすごい予約状況で久しぶりに本屋で、購入しました。
あっという間に読めますね、ものすごく、深い本でもないし。。。と言うか、深い話しですが、さらっと書いてあります。
大人になって、人生の出発点で、何の因果か、躓いてしまった松子のものすごい転落の話です
落ちる、落ちる、果てなく、螺旋階段を駆け下りていくように、松子は、人生が社会がバームクーヘンのように、階層になっているとすれば、ドンドンもぐっていきます。社会には厳然と格差は存在します。
松子の生きる世界は、吹き溜まりのようです。浮かび上がるチャンスは有るし、松子の几帳面な性格は松子が何の仕事に従事していても、プロとして一流の境地に達します。
しかし、何故か、這い上がれそうになると、まるで、灯りに吸い寄せられる蛾の様に、転落の道へを辿ってしまうのです。
松子のこの性格が転落への扉をノックしたと言ってもいいほどです。
私は、松子の話を読んで、ゾラの「居酒屋」のヒロイン、ジェルベーズを思い浮かべました。

人生の嵐が来た時、なすすべもなく、より困難な道に踏み迷ってしまう彼女らは、しかし、とても純粋で可愛い所の有る女達です。

ゾラのジェルベーズと違う所は、松子は、嫌われて一生を送ったけれど(それは、自分の人生の幸運の神様から・・・有るとすればの話しですけど・・・)松子の甥が松子の人生を丹念に拾い出し、愛情を持ちます、松子を愛した人も沢山います。

ジェルベーズは、作者で有るゾラからも、徹底的に見放され、彼女を心配する人は、たった一人。鋳物工の男です。ギリシャ神話の神のような立派なあごひげを蓄えた、堂々たる体躯の彼は、しかし、心優しい、純な魂の持ち主です。その心で精一杯彼女を愛します。ジェルベーズの心では、彼はちょうど、日なたのひなげしの様に無邪気で汚れのない場所なのです。
この、鋳物工とジェルベーズの、哀しい別れには胸に迫る物があります。

ヒロインの転落には似ているところも有るけれど、読み応えのあるのは、ゾラですね。
長編ですが、人物描写がとても面白く引き込まれてしまいます。

いけない!居酒屋のことではありませんね、これは、また、次の機会にしたいと思います


原作とテレビでは少し違う点もありますが、まあ、楽しめそうな予感でございます。

以下、私が今、見ている番組などを並べて見ました。
慶次郎縁側日記高橋英樹と寮の世話人の掛け合いが何とも面白いです。

朝の連続テレビドラマ「芋たこなんきん」、これは、濃いですよ、キャラクターが。
ヒロインは、新人ではなく、藤山直美です。改めて彼女は父である寛美の血を濃く受け継いでいると思いました。皆さんが自然な関西弁なので、見ていても、違和感がありません。

関西のドラマをもう一つ、古いですよ(笑)「あかんたれ」です。昼のドラマとしては最高の視聴率を誇ったと聞きますが・・・・・・・・・。テレビ大阪で放送中ですが何度目の再放送なのでしょうか
卯月さんのあかんたれあらすじはこちらに詳しく書いておられます。

原作はまだ読んでいないのですが、ドラマは出演者がそれぞれ個性的で、目下、はまっています。

脇役まで、しっかりと、役作りをしています。
分家の、憎たらしい物言いと番頭のとぼけ方、漫才のようです。

船場の商家を舞台に、明治、大正、昭和と、続きます。のれんが、幅を利かせ、船場独特のしきたりの中で、この、「秀松」の苦労は果てしなく、続きます。
虐められても虐められても、頭を下げ続ける秀松、其処まで何故尽くすのだろうと、たまらなくなりますが。

そして、秀松のいじけ方が天下一品!!これでは、秀松をよく思わない人は、虐めたくなるだろうと・・・・思っちゃいます!!
次は、いったい、どんな事件が・・・と、見るものは、いやがうえにも期待してしまいます。

話しが、これでもかと、くどいのですが、それがちっともイヤではありません。
テレビの前に座って、この引っ張り方にはまっているのです。

ここまで、はまるとは、自分でも思わなかったので、それが、愉快で、楽しみなこの頃でも、あります。

あかんたれ  退屈な時は、検索してみてくださいな(^^ゞ
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by hanarenge | 2006-10-18 21:57 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(4)