心の万華鏡  

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2007年 06月 08日

さゆり

「さゆり」 映画で少し前に話題になったから ご存知の方も多いだろう

アーサー・ゴールドンが書いた「Memoirs of a Geisha」である

ヤーコプ・ハールホイスが、Geisha さゆりの数奇な生涯をメモワールとして口述したとの事で
この物語は始まる。

千代は、丹波から京都の祇園の屋形へ、売られ、住み込みの仕込み子としての生活が始まるのだ。

千代の売られた屋形には、例えて言うならば、牡丹の花のように艶やかで美しい、先輩芸妓、初桃がいる。
今を時めく、一番の売れっ子である。

ところが、この牡丹のように美しい姐芸妓は、「初桃さんなら、猫みたいなもんや、日なたに寝そべってほかの猫がいてへんかったらご機嫌・・・」

「うちが六つで、初桃さんが九つの頃から知ってますのや、ずっと長いこと、えげつない悪さを、見た後やったら、この次の見当つけるのは、容易なこっちゃ」
さゆり第一巻より抜粋

豆葉という、先輩の芸妓の口から、千代に言われた初桃評である。

初桃は、青い灰色の目をした、千代が、必ず自分より売れっ子になると思い、徹底的に排除しようとする。

あまり期待されなかった、仕込み子の千代の、磨けば宝石のようになる美しさを、皮肉な事に、初桃は、屋形の誰よりも 認識していたのだろう。

やがて、豆葉という、何もかもが揃った、第一級の芸妓に、見込まれた、千代は、初桃の邪魔を何とか逃げ切り、豆葉の妹分として、舞妓としての道を踏み出す。ここまでが、第一巻。

花街の、屋形 おかあさん そこのお抱えの芸妓や舞妓 お茶屋の女将さん等の人間模様
姐芸妓との固めの杯、店出ししてからの、お座敷回り 地位も名誉もある男たちの昼間とは違う顔
昭和の初期ではあるが、いきいきと そして、祇園で生きると言う事がとても詳しく、丁寧に書かれてある。

お座敷での様子、芸妓や舞妓の嫉妬 確執 とてつもない大金が動く、「水揚げ」

現在の祇園に代表される京都の花街は、千代がいた時代とでは、大きく変わり、もっと、明るく、以前のような、澱んだような暗さは無い。

その澱のような、暗さの中に、美しい花が咲いていたのではあろうが・・・・

しかし、外からは、うかがう事のできない、花街の格子の中の世界は、悪いとか良いとかではなく、おそらく今もその深いところでは姿を変えずに、流れているであろうと思うのだ。

それであるからこそ、今も、花街は花街として存在できるのであろう。

この本の中の話は、祇園で実際にあったことであろうと、私は思っている。

祇園には、大勢の「千代」がいて、大勢の、「初桃」が、「おカボ」や、「女将さん」がいたのだろう
そして豆葉も・・・・・・
沢山の絵をはめ込んで、この物語は、一つの話となったのだろう。

ばかばかしいほどの大金をおしげも無く投じる、男たち その競争心を巧みに煽る花街の女性たち

男たちは、お互いに負けじと争うが、かと言って、芸妓や舞妓を、本心から欲する人は少ない
言わば、高価な置物、あるいは、自分の持ち物として、扱う。
そこに、色街に暮らす女たちに対する、無意識であろうとも、厭らしい差別感が滲む。

それを、百も承知の花街の、女たちは、しかし、幾重にも重ねた美しい着物や、化粧の下に巧みに心を隠し、お座敷からお座敷へと蝶のように舞い踊る。

意地悪な芸妓にも、それなりの訳もあり、また、いじめから守ってくれる姐芸妓にもわけがある。

少しずつ、慣れてきて、段々と洗練され、気の聞いた一言も言えるようになり、気働きができると言われ やがて、贔屓も付いてくる。

可愛らしい(かいらしい)舞妓は、祇園の街に、いつの間にか、自分の足で、すっくと立っているのだ。

私が、一番気になるのは、さゆりよりも早く、仕込みで入り、ただ、さゆりへのあてつけと対抗で、初桃の妹分にされ、舞妓になった、不運なおカボのことである。

私は、この物語が、ノンフィクション、あるいは、少なくとも、一人の芸妓をモデルにしていると思っていた。
しかし、これは、完全なフィクションで、ヤーコブ・ハールホイスも架空の人物である。
全くのアメリカ人が、英語で書いた、詳しい、リアルな、花街の物語なのだ。

祇園の富永町の屋形(置屋)がほとんどの物語なのだが、その昔は「美しく着飾った舞妓 芸妓が右往左往する中心地区」であったそうだ。さゆり 訳者後書きからの抜粋
今は、その面影はすっかり変貌しているが・・・・・・・

物語の中に白川や辰巳橋 八坂神社 四条通り 先斗町など、知っている場所が出てくるのも、面白い。

私としては、読み終えて、映画を観たいとは思わなかった。スチール写真で何点か見たのだが、どうも、小説からイメージするものとは、程遠い感じがする。

小説は完璧な京都弁で、衣装や背景もしっかりと書き込んである。

もちろん完璧な京都弁は訳者小川高義氏の力量であるが。

ここまで、京都の祇園の世界に詳しい外国人がいるのだと、改めて、妙に感心してしまった。

上巻と下巻のうち、上巻のほうが、圧倒的に読み応えが、あると思う。
下巻の中では、延さんとさゆりの、会話が、しんと心に落ちてくる。

この本を読んだ後で、もう一度観たいと思ったのは「おもちゃ」と言う映画である。

ご参考まで映画 さゆりの公式ページです。
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by hanarenge | 2007-06-08 23:08 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(8)
Commented by ぐ~ at 2007-06-10 07:33 x
「さゆり」は映画で見て、予想通りがっかりしました。
娯楽のアメリカ映画と割り切ってみないといけなかったようです。
でも、映像もきれいじゃなかったので、あれを花街の世界と思われるのが嫌だったなぁ。
原作はそんなにいいんですね。
Commented by hanarenge at 2007-06-10 10:01
ぐ~さん♪おはようさんです
監督の意気込みとは、裏腹に、評判はあまり良くないようですね。
あの、映像は、アートだそうで・・・外国から見たら、あれが限界でしょうか?。

キャッチコピーは、「日本が嫉妬する」でしたっけ。嫉妬どころか、呆れ返ったと言う所でしょうか。
ぐ~さんが言われるように、割り切ってみないと、いけませんね。
原作は、細かい事まで書き込んであるので、私としては、面白かったです
Commented by kotapi_1 at 2007-06-10 21:24
映画も見ていないし、本も読んでいません(~_~;)
そういえば、最近図書館からも遠ざかっているし・・・(本は買うものから図書館で借りるものになっています(^^))
「さゆり」面白そうですね・・・本のほうですけど、今度図書館に行って探してみます。

Commented by hanarenge at 2007-06-14 19:38
タンポポさん♪お返事が遅くなってすみません
私もそうですよ^^最近は、図書館で借りるのがもっぱらです。
もう一年越しで予約待ちの本もあります・・・・待ちくたびれました。
「さゆり」は、絶対に本のほうが面白いです。。。と断言する私でした。
Commented by ei5184 at 2017-10-01 18:49
10年後の未来からコメントをしています(笑) 実は私がお茶屋に通い出したのが2007年の祇園祭からです。
尤も30代の頃一度だけですが、お客に連れられて祇園甲部のお茶屋に上がり、芸舞妓とお座敷遊びをしましたが(笑)
さて、このさゆりは全く知りませんので、映画や本についてはコメントできません。
置屋(屋形)の事について少しだけ。私が通うお茶屋兼置屋は祇園甲部・祇園東・宮川町そして上七軒に夫々あります。
ご存知かと思いますが、夫々の花街でお茶屋との取引は1軒だけです。お寺の宿坊と同じですね。
仕込みに入るためには中学を卒業してから親御さんの同意が無ければ入れません。
花街によって多少の違いはありますが、半年から1年弱で、試験を合格したら晴れて舞妓になれます。
仕込み途中で辞めていく子、舞妓になって数か月で辞めていく子が半分近くいます。
仕込みは家事一般のお手伝いから、お稽古に至るまで毎日の日課です。
多分生まれて初めて経験するほどの重労働でしょう。
舞妓になっても朝8時に起床してから夜12頃までお稽古に始まり、お座敷やイベント、時には海外での公演もありますが、
自由時間はまずありません。公休日はひと月で2日程度です。給料もありません。労働基準法に違反しています(笑)
それでも芸事が好きで厭わない妓だけが生き残こる事が出来る世界です。
小説の様な世界は今は既にありません。少なくとも私の知る限りでは。但し恋愛は自由ですので、寿で辞める妓はいます。
花街は決して特殊な世界ではありません。嫉妬・妬み・いじめ等社会の何処にでもある日常となんら変わりません。
職業が舞妓であり芸妓であるだけです。そんな日常を小説にしても売れませんよね(笑)
大雑把でしたが、五花街の一部をコメントしました。
創作のヒントになりますなら何なりとお尋ねください。差し障りのない範囲でお答えします。
Commented by hanarenge at 2017-10-01 20:34
eiさん!読んでいただくだけでも嬉しいのに、コメントまで頂戴してありがとうございます。
お茶屋さんをご存知なのですね!素敵です。
私なんか物の本でみたり想像するだけで。
だから思い込みで記事を書いているので、よくご存知の方から見たら。。。。恥ずかしいです。赤面してます。

置屋さんとお茶屋さんはそれぞれ専属の契約ということなのでしょうか?
あっちのお茶屋、こっちのお茶屋という具合はないのですね、それはまあルールというか約束ごとなのですね。
するともしAというお茶屋さんから、別のお茶屋さんと契約を結んでいる置屋さんに以来が入るということはないのでしょうか、そんなことがあるとしたらお茶屋さんがお願いして置屋さんとAというお茶屋さんの了解を取るということなのでしょうか。

芸妓さんも、舞妓さんはプロですものね ものすごく気概も誇りもあると思います 
厳しい修行を積んでの芸妓さん、舞妓さんですものね。

本当に重労働ですね、ドキュメントなどで少し聞いたことがあります。


>花街は決して特殊な世界ではありません。嫉妬・妬み・いじめ等社会の何処にでもある日常となんら変わりません
おっしゃる通りです まったくその通りです。普通の会社と一緒ですよね、ことさら強調することではありませんね

コメントをいただいてよかったです 大変感謝しています
eiさん、どうぞいろいろお教えくださいね^^
もちろん差し障りのない範囲で。どうぞよろしくお願い申し上げます。
Commented by ei5184 at 2017-10-02 05:05
> Aというお茶屋さんから、別のお茶屋さんと・・・

上の疑問点ですが、お茶屋は場所(お座敷)貸しなんです。なので例えば宮川町にあるお茶屋に宮川町の芸舞妓は勿論、
祇園甲部や上七軒等他の花街の芸舞妓も呼べます。お座敷を提供して客の希望があれば飲食も頼めます。
高級料理だけではありません。お好み焼きやたこ焼きでもいいのです(笑) 全て出前注文ですから。
余談ですが、島原の角屋は揚屋ですので、自前で料理を作り客に提供していました。

置屋は芸舞妓(地方含む)をかかえて、お茶屋の要求に応えて派遣しています。
最近はお茶屋と置屋を兼業している処が過半を占めるようになりました。
しかし、有名な祇園一力や枡梅等は今も昔もお茶屋で置屋ではありません。
因みに私が祇園町で馴染みにしているお茶屋は別の処ですから、一力や枡梅を馴染みにされているお客と同行しない限り単独では行く事が出来ません(笑)
Commented by hanarenge at 2017-10-02 20:03
eiさん 早速にお返事をありがとうございます

なるほど!とてもわかりやすく教えていただいてありがとうございました
花街の置屋さんと島原の揚屋さん、違いも教えていただいて感謝です

そうそう一見さんお断り 有名なルール
これをお高くとまってるとかいう人もおられますが、これも大事な決め事ですね
新しいお客さんを連れて行ったお馴染みさんが全て責任を持つとか聞いたことがあります
これも聞きかじりで間違っているかもしれません、お許しください。
お茶屋さんに信用されて初めて馴染みになれるんですね。
面白い花街のこと、興味津々です、またどうぞ教えてくださいませね
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