2007年 05月 12日

切ない神話

第4の神話
流行作家で、今は、もう、亡くなった、きらびやかな、女流作家の物語

この本を読んで、感じたことは、この、流行作家のモデルの事。

男と女の恋の話や、エッセイを、わずか十年余りの間に、何十冊も書き、そのことごとくが、ベストセラーになり、文学界どころか、クロワッサンや婦人画報や、週刊誌に、その華やかな生活と一種独特なファッションで、グラビアを飾り、彼女は、ファンを、魅了した。
私も、彼女に魅了された一人である(その生き方、その人生のセンスに)

(ベストセラーと言うのとは違う感じもするのも、偽らざる思いだが・・・とにかく、とてもよく売れたのは確かである)

英国人の背が高くハンサムで紳士の夫 半分イギリスの血が入った美しい娘たち
夏の休暇は、毎年、2ヶ月の軽井沢での優雅な避暑、サンモリッツで過ごす、クリスマス休暇
世界各国の、有名な、ホテルの話
たとえば、ロンドンはサヴォイ たとえば、香港のぺニンシュラ  そして、シンガポールのラッフルズホテル  タイではあの、ホテル・オリエンタル・・・・・・

バブル華やかな頃のこれらのホテルの名は、今よりも、もっと、優雅に、そして贅沢な響きを持つ。

パリで自炊した話では、薔薇の花束とワインを買って、シャンゼリゼ通りを早足で歩いた。

銀器の音も優雅なハイ・ティー  熱帯の熱い空気のテラスレストラン(訂正ですテラスレストランは冷房が効いています)バルコニーで食べる、熱い朝粥 クローンを渡る風は、色々なにおいを運んでくる  サマセット・モームが執筆した、ライターズ・バー
The・Lobbyと冠詞を付けて呼ばれると言うアフターヌーン・ティーの事

(後で読み返してみると、バルコニーになっていました)

彼女が作家になってからは、これらの優雅な時間を、楽しめる余裕があった。

しかし、第4の神話の女流作家は、言うのだ。「私の本なんて、私が死んだら5年で、忘れられるわ」。恐ろしい事ではないか!!
世界で訳され、読まれている日本人の作家の本は、川端康成、三島由紀夫、そして、村上春樹くらいであろうか・・・・
作家となったからは、やはり、自分の著作がロンドンやパリ、ニューヨークなどの都会の書店に並べられ、読まれてほしいだろう。
いや、そこまではいかなくても、折々に書店に平積みされて、読者の目に触れてほしいだろう。
なのに、彼女は病床で言うのだ、5年しか持たないと・・・・・・

作家、Y・Mは、駆け抜けるように、その短い作家生活の中で、次々と新作を書き、そしてそれは売れに売れた。
何が彼女をこのように多作にしたのであろうか。
書きたかったからか、書かずにはいられなかったからであろうか。

もちろん、ペン先から言葉が生まれてくるからと言うこともあるだろう。作家とは書かずにはいられない人種だから。

「小さな貝殻」と言う本を読んだとき、少しだけ理由が分かったような気がした。

そして、第4の神話を読んで、その、理由が、とても似ている事に、心のどこかで、やはりと言う思いと、ここまで書くのかと言う思いであった。

幸せな家庭は、(彼女は、ある程度は、エッセイや、小説でそれとなしに書いている)ある意味、彼女にとっては、牢獄で、それであるから書き続けられたのであるが。(その、牢獄があるから、夫との葛藤があるから彼女は作家になったのだ)

彼女の夫はカナダに島を買い、ヨットを買い、高級な車も時計も、コリーも手に入れた。
生活は、格段に豊かになり、エコノミーで飛行機に乗ることも無くなった。

しかし、これは、彼女のペンが稼いだものである・・・・・・・・・

この矛盾とこの生活、彼女を認めたがらない夫と、しかし認めざるを得ない事から来る諍い

色々な矛盾を抱えて、彼女は、原稿用紙を、一マス一マス、埋めていったのだ。

彼女が書いた時代は遠く去り、彼女が書いたホテルも、今はもっと高級なホテルが沢山出来た

私の本棚に、ずらりと並んだ、彼女の本、確かに今は読み返すこともなくなってきた。

本屋には彼女の本は、もう平積みされることも、彼女のコーナーも無い。

第4の神話の予言は確かだったのだろうか・・・・・・・・・

硬質のガラスを思わせるような彼女の文章を、私は、何と思って読んだのだろうか

時代に寄り添い、あの時代ならではの、物語を紡いだ作家 豪華でセンスのある会話と描写

遠く去ったバブルのような本だったのだろうか・・・・・・・

私にとって、彼女の本やエッセイは、流れていく景色のような存在だったのだろうか

切ない「神話」となってしまうのだろうか

雑感
あ~上手くかけませんね・・・・・・・・あの頃は夢中になって読みふけった作家の一人です。
薄い文庫本で、真っ赤な表紙に、いつも同じK氏のデザインの装丁。

別の世界のようでも、言わんとすることには、共感を覚えていたなあ・・・・・・・

あちらは超豪華 こちらは、毎日の生活でいっぱいの身分
今思えば、あの、物語の豪華な雰囲気(決して、金ぴかと言う意味ではなく、さりげないセンスとでも言ったら良いのか??)に魅了されていたのかなあ・・・・


でも、私は、出来る事なら、Y・Mの書いた「風と共に去りぬ」が今でも、本当は読みたかったと本気で思っている。
「風と共に去りぬ」は、マーガレット・ミッチェルが、頑として、続編を書かなかったので、あのスカーレットがタラへ帰ろうと言う所で終わっているのだ。
続編を書く事が、M・ミッチェルが亡くなって何十年もしてから許可され、それを外国の作家が書いたのだが、なんとも陳腐で読まなければ良かったと後悔した本です。
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by hanarenge | 2007-05-12 19:58 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(0)
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