2007年 01月 18日

もしかして もしかしたら

週刊新潮に連載され始めたばかりの「ちんぷんかん」

大江戸は長崎屋の若旦那 一太郎 彼は年の頃15~6歳(多分)
彼のおばあ様が、大妖(おおあやかし)でした。
一太郎は、だから、妖(あやかし)が見えるし、彼らとは幼馴染とでも申せば良いのか、大変仲がよく、遊び友達でもあるのです。

この中に出てくる、家鳴 これは小さな鬼で、「きょんぎゅうぅぅ」とか、「ぎゅわゎゎ」とか、鳴くのです。
印籠から抜け出たお獅子 ぶにぶにぶに と、鳴きます。

さて、大江戸の花火とでも、申せば、良いのか、火事で、一太郎は、煙を吸って、あっという間に賽の河原に立っているのです。
着物の袖の中には家鳴達、足元にはお獅子・・・・何故か、一太郎についてこの可愛らしい妖達も、賽の河原にいるのです。
何故、賽の河原に、いきなり、立っているのか、さっぱり分からない一太郎ですが、(死者は、八百里の山道を越えて、ようよう、賽の河原にたどり着くはずなのですから)。
今一、自分が、本当に死んでしまったとは思えない一太郎は、しかし、家鳴や、お獅子を、向こうの世界、すなわち生者の世界、この世に、もどしてやりたいと考えています。
この、家鳴やお獅子が、何とも言えず、可愛らしいのです。
無邪気にお八つをねだり、カリントウやおかきを、それは、一太郎の袖の中に入っていたのですが、がりがりと食べては、子供たちと石を積んで遊んでいます。

妖(あやかし)と一太郎は、これから、どうなるのでしょうか。
一週間が待ち遠しい気持ちです。

妖(あやかし)が見えて、話しができて、一緒に遊べて、お八つの心配もして・・・・
楽しい世界だなあ!!

私も、想像力を動員して、考えて見ました。

遠い山にはまだ雪が残っているのに、もう、菜の花が咲いて、鳥が日向で踊っている。
空気は澄んでよい香りがするのに、家鳴たちは、花をむしっては、空にばら撒いて遊んでいる
お獅子は、ぶにぶにぶにと鳴きながら、目を細めて空を眺めては、鳥を追いかけたそうな顔をする。
ふわりと浮かんだ雲まで、のんびりと眠そうな様子で北へと流れていく。

霞んで見えるのは、のたりのたりと、波打つ海

桃の花が満開の畑の向こうには、ちいさな、一軒の家。

もし、妖が見えたら、いえいえ、妖になったら

そんな事を考えると、何故か、楽しくなってきます。


「ちんぷんかん」 私はこのシリーズを、今回はじめて目にしたのですが、これまでも、一太郎と妖(あやかし)のお話が沢山出ているのですね。


しゃばけ倶楽部  リンクが反映されないのですが、このHPに詳しく載っています
家鳴もいますよ。

しゃばけシリーズ本の紹介です、これはリンクが反映されるようです。同じHP内なのですけれどね
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by hanarenge | 2007-01-18 22:18 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(2)
Commented by yokomoko at 2007-01-23 09:05 x
おはようございます、蓮華草さん。
それにしてもなんてタイムリーな記事!
実は今、ちょうどこの「しゃばけシリーズ」の本を読んでいる最中なのです。
今、読んできるのは「ぬしさまへ」
これは1話完結の短編で読みやすいです。登場する妖は本当にみんな
「いいヤツ」です。こんな妖なら私もそばにいてほしい~
今日中に読み終わっちゃうかな?また借りてこようっと!
Commented by hanarenge at 2007-01-24 22:18
yokomokoさん、こんばんは。
タイムリーですか?良かった良かったなんちゃって(^^ゞ
読んでいらっしゃる最中なのですね。
私は、新連載の方を、毎週、大好きなお八つを頂くみたいな気分で待っています。
肩の凝らない、楽しい読み物ですよね。娑婆気のある、可愛らしい、妖と、一緒に、お江戸の散歩をするような感じでしょうか。
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