心の万華鏡  

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2017年 08月 16日

読書と雑感

私の趣味と言えば

物心ついた時から 読書だった

最近はカメラもそれに加わったが

この10年くらいだろうか
computerに親しむようになってからは 夜の読書時間をインターネット逍遥の時間に当てて
読書からは遠去かることが多くなった

お友達のブログ 或いはニュース 興味のある書き物 そして写真サイトなどなど、読んだり見たりしていると、読書までとても手が回らなくなる

引越しの際に大方の本は(泣く泣く)処分した

手元にはどうしても手放せないものだけが残った

本当は選び抜いた?私の愛読書は全部持って来たかったが 物理的に無理だったのだ

以前の家は空間だけはたくさんあって書斎に取り付けた書庫もあったから私のコレクションもすっきり治っていたのだ

かと言って広いところに行きたいとか 前の家が恋しいとかそういう思いは無い

人間暮らすのに広い家はいらないというのが私の持論

前の家は取り壊してもう無いしね^^

電子書籍がもっと普及して 全てデータ化したら私も本を処分することはなかったのにと悔しい気持ちになるときもある

やっぱり本は紙で読まなくてはと言う意見も散見するが 小さな端末に入るのならそれは便利だと思う
場所の問題がクリアできるだけでも私には御の字である

ところで電子書籍には専用のツールが必要だ

iPadにはiBooksが入っている

しかし iBooksで読めないものもある

で kindleも入れた

itunesには無い本をAmazonで見つける

今回読んでいるのは 
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インドのダリット (これはiTunes Storeにあった Amazonの方が安かった!)

歴史の時間に インドのカーストを ざっとさらえた事は皆さんも同じだと思う

それは頂点からバラモン クシャトリヤ ヴァイシャ シュードラの順にピラミッドのようにそびえ立っている

これを呪文のように暗記した事も鮮やかに蘇る

「この4個は基本的な分類で これを持たない人は(アウトカースト)アチュートと呼ばれ不可触賎民となる
不可触賎民は指定カーストと言われる
インド大陸には一億人がアチュートとして暮らしている
彼らは自分の事をダリットと言う これは壊された民という意味を持つ」 以上wikiより引用


法律上では禁止されているが この大陸に延々と続くカーストは生活に深く根ざし人々の意識下に根強く深く結びついている

カーストは3000年もの歳月を生きているのだ

清らかなものと不浄なもの これを明確に分けた社会では 不浄なものは清らかなものの手に触れたりしてはいけないのだ
だから不浄なものを一手に引き受ける者が必要不可欠になる

安易に語ってしまえない多種多様な側面を持っている

言語も然り 習慣も然り 知れば知るほど分入れば分け入るほど分けの解らない道に入っていく

虐げるという事はどういう事なのか

生まれてから死ぬまで一生をダリットとして生きる事はどういう事なのか

それにはどんな意味があるのだろうか

諦観と忍耐か

ヒンドゥー教の輪廻転生か

生まれ変わりを人はひたすら願うのか

教えのカルマ=業を背負いこの世の苦行に耐えるのか

まだ読みかけたばかりだが 早くも頭の中は渦が巻く感じだ

都会よりも農村部の方が階級の区別は厳しいと聞く

職業も世襲で 洗濯屋は子も孫も洗濯屋

汚物処理 これも世襲

他の職業は選べない

そして実に様々な職業が細かく決められている

思うにダリットにもやはり階級があるのだろう 

悲しいかな 人間の性を見るようだ

インドの歴史と同様に 其れはガンジスの流れのように滔々と続いてた来たしこれからも続くのだろう

最近は少しずつ変わって来たと聞くが

この意識が取っ払われるのにはもっともっと時間がかかるだろう

実際差別は形を変え国を変えどこにでもある

日本にもある

出身や病気 原子爆弾 性差別 近いところではフクシマ

そこには何の根拠もないが 差別はそうして起こってくるのだ

表にはでなくとも意識下にはその感情は有るのだ

人は異なる者を受け入れる事に恐怖を覚えるのだろうか

其れはそしてどんな人にもあると思う

受けた側にしかその痛みや切なさ歯がゆさはわからないのだ

話をインドに戻そう

この大きな可能性を秘めた大陸

高度な文明を誇った大陸

日本がまだ国としての体裁も何もない時にこの国には王朝が存在したのだ

いろいろな思いが渦巻いては消えていく

まさに万華鏡状態

インドの人は数学に強いと聞く

そしてカーストの職業別の中にデジタルは入っていない 当たり前だ カーストが誕生してから3000年近くそんな物は存在しなかったのだから

確信は無いがデジタルがインドで盛んなのは 縛りがなく誰でもデジタル関係の仕事ができるからだと聞いた事がある

ただのデマだろうか???????

以下追記です

これだとて教育を受けなければならない 一定のちゃんとした教育を受けるということは安定した収入が必要になる 安定した居住も必要だ

それが満たされる子供達が一人でも多い事を願う

どうにもやりきれない話ばかりで申し訳ないが
ここに興味深い記事がある
配信は2008年といささか古いが 最近のインドから伝わるニュースもこれとあまり変わらないと感じる



今も読んでいる最中だが 非常に感銘を受けた箇所がある
その方は池田運氏(いけだはこぶ)
インドの農村に入って農村の人と(もちろんダリット)完全に生活を共にした初めての日本人



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by hanarenge | 2017-08-16 14:09 | 映画あるいは読書&ドラマ | Comments(2)
Commented by sikisai03 at 2017-08-16 19:46
読書は私も若い頃は好きで色々読み漁りました。
しかし50歳を過ぎた頃からパソコンに嵌って、同じように読書の時間が割かれたままです。
もうこの歳になると薄暗い中で活字を追うのも目が疲れていけません。

高校の頃に読んだ井上靖の「しろばんば」、最近ユーチューブで読書動画を見ました。
文庫本のページを捲って読んだ感動とはまた違う思いで観終わりました。
それなりに昔の記憶にある残像に近いものも感じられましたが、
歳を重ねたからでしょうか、違った思いも・・・それはそれで良いのだと思いますけどね。
Commented by hanarenge at 2017-08-16 20:44
> sikisai03さん
こんばんは ありがとうございます

Yoas さんも読書好き 其れは前から感じていました

きっとたくさんの本を読まれただろうなと。

以前にブログで話題になったかもですね。

『しろばんば』は、私も持っていました、ただ、途中で読みやめて。。。。。

何故だったのでしょう その辺の記憶が曖昧です。

他の書物に気を取られていたのかも知れません。

YouTubeで読書動画ですか、私まだ未体験です。読みたい方だからかも^ ^

また違った思い。。。。。

わかるような気がいたします。

自分の中の感じ方、捉え方に変化があるのでしょうか、ちょっと複雑な思いもありますよね。
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