2017年 04月 01日

忘れられない人(ムーミンのこと)

鍋の中に少し残る、ジャガイモと玉葱と人参、あとは、牛肉の薄切り。

一番見慣れたカレーだと思う。

この冷えたカレーで、思い出すのは、「ムーミン」のこと。
ムーミンとは、あのヤンソンさんの不思議な不思議なお話だけれど、このムーミンは、チョッと違う。

ムーミンは、カレーが大好き。しかも一晩置いたカレーがとても好きなのだ。「先生、カレーは、まだ残っていますよ」。

職員食堂で、遅いお昼を食べている私の耳に、誰かの大きな声が聞こえる。

先生!カレー!!・・・ヤバッ、慌てて下を向いて急いで食べる、私の前に、「オー、今,昼か?」

な、何だって、こっちに来るんだ― 「・・・・・・・」私は出来るだけ知らない顔を決め込みたいが、もう敵は目の前だ。

話などしたくは無いと、思っている私の思惑など、どこ吹く風とばかりに目の前の椅子を引いて座ろうとしているではないか。
びっくりだ

ムーミンはいつもこんな調子で、ある。そして必ずと言って良いほど、私はお小言をくらう。

誰某には、もっと優しく接しろ。気をつけろ。あのときの指示を忘れたのはお前か?等々

おまけに、勉強はしているか?休みには体を休めろ、遊び歩いていちゃいかんぞ。

こちらは、たまの休みには買い物だって映画だって、したいんだよ―お願いだから顔を見るたびに、煩く言うのはやめにしてくれない???面と向かって言うなど、そんな、考えても、恐ろしいことはできない・・・・。

心の中で悪態をつくか、ムーミンが去ってから、思い切り、しかめっ面をしてやるか、どちらかだ。

彼 ムーミンは私の主治医(だったと、私は思っているが、彼は今もって私が彼の患者だと思っているのだ、きっと)で、おまけに上司である。

高い熱を出して、休んでいた私が、急性腎炎になり、入院を余儀なくされた時、思い切り叱られた。

たまたま当直だったムーミンに熱が下がらない私を心配した同僚が、真夜中に寮から病院に連れて行って診察してもらった。

その時、溶連菌かもしれんから、平熱になっても、一週間は寮で大人しくしておけと言われたのを私は守らなかったのだ

こうしてムーミンは、私の主治医になった。

毎日絶対安静の私の病室にやってきて、ジロリと私を見て、口をすっぱくしてジッとして寝ていろと言う。
塩味の無い水臭い病食を、食べ、安静にすること3ヶ月あまり、やっと退院の許可が下りた。

ナースの卵の私は、ムーミンの指示で、一階のリハビリセンターで実習することになり、友人達がさっそうと、詰所で実習しているのを横目に見ていなければならなかった。

体の為に一年間は軽い実習で済ませられるように、ムーミンが総婦長に指示したことなど私は知らなかった。

若い私たちナースの卵には、エレベーターなどは使うなと言っていたムーミンが、回診の時など、私に会うと、エレベーターで上がれと言ってくれた。

夜中に、ムーミンの自宅に電話して、泣きそうな声で蛋白が出たと言ったら、優しく、心配するな、明日一番に診てやると言ってくれた。

一年が過ぎ、私は詰所に復帰した。
あの日の嬉しさは忘れない。試験はどうやら受けられたので、一年の間に卵から新人になっていた。
早く、回診台の横で覚えたての「看護技術」を使いたい。
点滴壜を提げて、さっそうと、病室に入りたい。先輩のようにテキパキと仕事をこなしたい。
何より当直をしたい。
私は、そのころ、張り切っていた。しかし、今思えば、見かけの「出来るナース」に憧れていたのだったが・・・・。

朝一の処置が終り、回診時間にムーミンが、私を指名した。
ゲーー、サ・イ・ア・ク、口パクで友人に言って、渋々廊下をついて歩いた。
いつもは必ずついて来る病棟婦長は来ない。
どうしたんかな、指示いっぱい出たら、忙しいのに・・・思いながらカルテを下げてついて行くと、ムーミンが、調子はどうだ?もう、蛋白も出ないだろう?無罪放免だなと、笑いながら言った。
その後、少し真面目な顔で、「女性は、結婚して子供を生むのだからしっかり治しとかんと、えらいことになるぞ、しかし、もう○○の場合は大丈夫だ、何を食べてもいいし、遊びに言っても良いぞ」と言ってくれた。

私がムーミンの優しさ、有難さをしみじみと噛み締めたのは、それからずいぶんと後のことであった。

子供をムーミンに見てもらおうかなと考えて、友人に電話すると、ムーミン、いや、先生は亡くなっていたのだ。

病室で回診中に倒れ、42歳と言う若さで帰らぬ人となったのだ。

ムーミンに叱られた事も、厳しく指導されたことも、その後のナース生活に、とても、有難い事だった。
患者さんの身になれ。話を聞け。優しい心使いを持て。ムーミンはともすれば、処置がうまくなりたい一心の私に、こう、諭してくれた。

先生には、御礼もちゃんと言っていない。感謝も言っていない。先生の亡くなった事さえ知らなかった。
あれから長い長い時間が流れたが、「ムーミン」は今でも私にとって、一番の主治医でいる。
病気だけではなく、心を診てくれた主治医である。

何故、先生が、ムーミンかと言うと、体形がそっくりだったのだ。
でも、誰も面と向かって、先生に言ったことはないので、私達が―(先生には、はねっかえりの学生集団と呼ばれていた)はじめは怖さから、そしていつの間にか親愛の気持ちを込めて、「ムーミン」と密かに呼んでいた事を、先生は、知らないままで、逝ってしまった。

これは、私が初めて作ったドリコムのブログに書いた記事です。

いつもではないけれど、折に触れて思い出します。

怖かったムーミン 苦手だったムーミン 嫌いだと思ったムーミン 

本当は、強くて優しくてとても素敵な内科医でした。

私の主治医のムーミン 忘れられません。


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by hanarenge | 2017-04-01 08:45 | 心模様 | Comments(0)
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